[本の森 仕事・人生]『作家の人たち』倉知淳/『隠居すごろく』西條奈加
[レビュアー] 吉田大助(ライター)
ミステリー作家・倉知淳の『作家の人たち』(幻冬舎)は、小説業界を題材にしたブラックユーモア満載の短編集。中でも、経済感覚を押し出した話が面白い。
問答無用の問題作「らのべっ!」は、売れっ子ライトノベル編集者の仕事ぶりを追いかける。冒頭、箱の中に収めたカードを無作為に二枚引き、「タイトル案」を練るシーンからして最高に意地悪だ。例えば、一枚のカードには「幼なじみ」とあり、もう一枚は「偏差値」の場合。『隣の幼なじみが毎朝起こしに来る俺のリア充偏差値って47くらい?』。「ハーレム」と「生徒会室」の場合は、『生徒会室が俺専用のハーレムになっているんだけど何か質問ある?』。そんな適当な男が、売れっ子のヲタQ先生のアポを取り付けた。先方から提案された題材は、エレベーターガール。企画にはもちろんゴーサインを出したが、男はなぜか小説家志望のシロウト連中に電話攻勢をかけ始め……。認識の盲点を突いた、全編中屈指のトリックが発動する。これぞ、「売れれば中身はなんでもいい」というロジックの究極形だ。そのロジックのせいで不幸になっている人間がいることを、彼は想像しない。彼にかけられる言葉があるとしたら、どんなものか。彼の行動原理に対抗するロジックとは?
思い浮かんだのは一冊の本だ。時代小説の名手・西條奈加の長編『隠居すごろく』(KADOKAWA)。堂々たる人情話でありながら、ゴリゴリの経済小説だ。
物語の発端は、巣鴨の糸問屋・嶋屋の六代目、徳兵衛が還暦を機に隠居したこと。現役時代は商売一辺倒だったため、友人もおらず趣味もない。仕事に逃げ、家族関係も疎かにしていた。虚勢は張るものの老翁の寂しい日々が始まった……と思いきや、孫の千代太が顔を出すように。無邪気で心優しい千代太が隠居家に連れてくるのは、貧しさゆえにトラブルを背負った市井の人々だ。徳兵衛は、かつて自家の繁栄のために用いた商売人としての知恵や発想を、彼らの人生を好転させるために用い出す。すると、隠居家に人が集まり出し、新たな商いの芽が生まれる。徳兵衛の、商売人としての第二の人生が始まる。
経済とは、何か。働くこと、働いた対価を獲得あるいは支払うという行為の中で、それまで出会うことのなかった人と人とが繋がることだ。自分の利益のためではなく、繋がりの先にいる人々のために働くことは、利益とはまた違った種類の幸せを自己にもたらす。その真実を、波乱万丈の人情ドラマを盛り込みながら、本作は気持ちよく提示してみせる。
『作家の人たち』の短編で描かれた苦々しさと『隠居すごろく』の優しさは、現実社会の中で共存している。片側に目をつぶらず、両方を知っておくことが大事なのかもしれない。