<東北の本棚>対話が紡ぎ出す絵物語

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あわいゆくころ

『あわいゆくころ』

著者
瀬尾夏美 [著]
出版社
晶文社
ISBN
9784794970718
発売日
2019/02/01
価格
2,200円(税込)

<東北の本棚>対話が紡ぎ出す絵物語

[レビュアー] 河北新報

 あわいとは「震災から復興に向かう間」の意味。著者は東京都出身で、現在仙台市を拠点に活動するアーティスト。一人の若い画家が東日本大震災の被災地陸前高田市を回り、被災者との対話を通じて、何を考え、苦しみ、つかんだかが、時系列で語られる。
 取材での感想である「歩行録」と当時を回顧する「あと語り」、震災経験を絵物語で表した「みぎわの箱庭」「飛来の眼には」から成る。
 震災発生当時、著者は東京芸大美術学部の4年生。発生直後から大学の友人とともに現地に入った。2012年、岩手県住田町に拠点を構え、「寂しさが色濃く残り、風景がうつくしい」陸前高田市を中心に本格的な取材を始める。被災者の思いを受け止め、時に涙する。「絵は描きたいが、モチーフは見つからず、浅はかな自分史を掘るように制作をしてきた」画学生が、「絶対的に描かれるべきもの」を見つける。
 生き方を決定づけた人物として、現地で出会った写真館店主が登場する。「俺たちが見てきたものは寒色の世界だ。(中略)その中にも色があるはずだ。それをよく見ろ。(中略)それが芸術だ」。店主の声に促されるように、画家の思索は深度を増していく。
 一つの成果が「みぎわの箱庭」。津波で水没した街の上に新たな地面ができるまでを、昔語りの形で創作した。震災の悲劇を想起させつつも直接的な表現を避けた、寓話(ぐうわ)的な内容だ。
 絵物語形式の採用は、2015年から拠点とする仙台市で出会った「みやぎ民話の会」の存在が大きく影響している。語らずにはいられない「物語の種」が、語り継がれて抽象性を獲得し、より遠くへ届く形に変化する-。経験を未来へ伝える民話の有効性に着目した結果だ。
 著者は、現在も陸前高田市を訪れ、作品を携えて全国を回り、各地の人々と対話を続けている。震災伝承の新たな形といえよう。
 晶文社03(3518)4940=2160円。

河北新報
2019年6月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河北新報社

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