モテた話もフラれた話も平気で小説のネタにするのがエリスン流

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

米SF界のレジェンドによる “非SF”の傑作短編11編

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 あれは確か1977年、初めて買ったペーパーバックの1冊が、エリスンの短編集Love Ain’t Nothing But Sex Misspelledだった。当時は“LOVEなんてSEXの綴りが間違っただけ”とか訳されてましたが、この(いま見ると)イキった感じのタイトルが、SFマニア気取りの田舎の高校生にはすごく眩しかった。なにせ当時のエリスンは、ロックスター並みのオーラを放つ世界一かっこいい作家(オレ認定)。おお「世界の中心で愛を叫んだけもの」、嗚呼「死の鳥」……。にもかかわらず、以来42年、僕はこの洋書を1ページも読んでいない。理由は簡単。中身がSFじゃなかったからである。

 というわけで、本書『愛なんてセックスの書き間違い』は、アメリカSF界のレジェンドが’56年から’76年にかけて(20代前半~40代前半の頃)発表した非SF短編11編を集める、若島正編の傑作選(全編初訳)。Love Ain’t…とは収録作がずいぶん違うが、読み終えてみると、確かにこれ以外の題名はありえない気がしてくるから不思議。

 その秘密は、最後を締めくくる2編にある。著者自身を思わせる人気作家が夜のNYを放浪する「パンキーとイェール大出の男たち」(’66 年)は、“愛なんてセックスの書き間違いだよ”という台詞で始まるし、その10年後に書かれた「教訓を呪い、知識を称える」にも、同じ独白が出てくる。ちなみに後者は、大学の講演会に呼ばれた41歳のエリスンが、18歳だか19歳だかの女子学生を見初めて昼食に誘い、それがきっかけで結婚したという実体験が下敷きなんだそうで、モテた話もフラれた話も平気で小説のネタにするのがエリスン流。

 若きエリスンが、取材のため、NYのチンピラギャング団に偽名で10週間潜入していたという武勇伝は有名だが、その体験を生かした「人殺しになった少年」は、銃の生々しい迫力と異様な緊張感に満ちている。大手男性誌の編集長から、きみの小説は文章もプロットもすばらしいが、“ジルチ”がないと宣告された駆け出し作家の涙ぐましい奮闘を描く「ジルチの女」は、爆笑のエロ小説業界コメディ。その他、ラジオのDJを題材にした作品やジャズ小説などなど、いずれもエリスンらしい才気と光輝に満ちている。

 なお、エリスンが編者をつとめた伝説の革命的巨大SFアンソロジー『危険なヴィジョン』(’67年)も、全3巻の完訳版が、この6月から3カ月連続刊行中(ハヤカワ文庫SF)。

新潮社 週刊新潮
2019年6月20日早苗月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク