資本主義と闘った男 宇沢弘文(うざわひろふみ)と経済学の世界 佐々木実著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

資本主義と闘った男 宇沢弘文と経済学の世界

『資本主義と闘った男 宇沢弘文と経済学の世界』

著者
佐々木 実 [著]
出版社
講談社
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784065133101
発売日
2019/03/29
価格
2,970円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

資本主義と闘った男 宇沢弘文(うざわひろふみ)と経済学の世界 佐々木実著

[レビュアー] 中村達也(経済学者)

◆社会問題にコミットする学問

 戦後の日本を代表する世界的な経済学者、ノーベル経済学賞に最も近かった日本人、白いあごひげをなびかせジョギングで大学に通う奇人などと語られてきた宇沢弘文(一九二八~二〇一四年)の、初めての包括的な評伝である。六百頁(ページ)を超える大冊ながら一気に読み進むことができるのは、宇沢本人の魅力のゆえ、そして著者の広範で周到な取材にもとづく人物分析と表現力のゆえである。宇沢本人だけでなく、彼と関わりのある国内外の仲間達(たち)への精力的な取材がその基礎にある。

 宇沢は、もともとは経済学者としてではなく、数学研究者としてスタートした。偶然にも、K・J・アローへの批判論文を、当のアローに送ったところ、その内容が評価され、スタンフォード大学に招聘(しょうへい)される。当時の経済学界をリードし、後にノーベル経済学賞を受賞したあのアローである。そして宇沢は、次々に優れた論文を発表し、主流派経済学の世界で一躍、その名前が知られる存在となる。

 しかし同時に、宇沢は、次第に主流派経済学の限界を意識するようになる。スタンフォード大学から移籍したシカゴ大学には、市場原理主義を提唱するフリードマンがいて、宇沢とは真っ向から対立する。さらには、ベトナム戦争反対の学生運動に関わって大学当局と衝突し、ついにシカゴ大学を去り東京大学に移る。一九六八年、大学紛争さなかの時である。

 日本に戻った宇沢は、主流派経済学への批判的立場を鮮明にすると同時に、現実の社会問題への関心を深めてゆく。それを象徴するのが『自動車の社会的費用』であった。さらに、公害・環境問題、医療、都市問題へと踏み込むだけでなく、成田空港問題にも深くコミットする。そうした社会問題を解明するための経済学的枠組みとして考え出されたのが「社会的共通資本」である。そして八十六年の生涯の最後に意図していた原稿が、東日本大震災についてであったという。宇沢の個人史を語りながら、期せずして、戦後経済学の推移をも語っている一冊である。

(講談社・2916円)

1966年生まれ。ジャーナリスト。『市場と権力』で大宅壮一ノンフィクション賞などを受賞。

◆もう1冊

大塚信一(のぶかず)著『宇沢弘文のメッセージ』(集英社新書)

中日新聞 東京新聞
2019年6月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク