母乳と睾丸、驚きの進化のしくみ――カモノハシに学ぶ、哺乳類のからだの不思議

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わたしたちヒトが紛れもなく哺乳類であることは、「母乳」によって育つことからもわかる。もっとも人間のようにふくらんだ乳房をもつ哺乳類は、ほかにはいない。そのため、ふくらんだ乳房は、母乳じたいのためというより、なんらかのシグナル(女性が男性を引き付けるなど)として進化してきたと考えられる。

おなじ哺乳類として興味深いのは、この母乳がなんと汗を起源としていることだ。このことは哺乳類の古い仲間であるカモノハシの生態からもうかがえる。カモノハシは哺乳類なのに卵を産むのだが、卵から孵った赤ちゃんは、体毛の生えぎわからにじみ出る汗のような母乳を吸うのである。つまり、母乳を出す乳腺は、じつは肥大した汗腺だったのだ。

いったいなぜ、汗が乳に変わったのだろう? その驚くべきしくみを教えてくれるのが、リアム・ドリュー著『わたしは哺乳類です:母乳から知能まで、進化の鍵はなにか』(インターシフト刊)である。以下、本書の気になるトピックをご紹介しよう。

■抗菌も潤いも欠かせないから

汗が乳に変わった理由として、大きく2つの説が有力とされている。ひとつは「抗菌」説、もうひとつは「潤い」説である。

「抗菌」説は、哺乳類の祖先がカモノハシのように卵を産んでいた当時、その卵を病原菌から守るための抗菌液から進化したというもの。実際、ヒトの母乳にも、抗菌成分が含まれている。

「潤い」説は、卵の水分が失われないようにする保湿液から進化したとする。哺乳類の祖先の卵は、鳥の卵のような硬い殻ではなく、カメやヘビの卵のような透水性のある柔らかな殻だったらしい。

さて、これら2つの説は重ねることができる。つまり、抗菌と保湿を汗が兼ねていたという見解だ。やがて進化とともに、孵った赤ちゃんがこの汗をなめるようになる。というのも、赤ちゃんの体がより小型になったので、汗が生命維持にも欠かせないようになったからだ。汗の栄養価が高まり、しだいに今日の「母乳」のような食糧となっていく。

ところで、この汗だが、全身のほとんどの皮膚から出る無臭の汗(エクリン腺の汗)なのか、それとも脇の下の汗のような臭いを伴う汗(アポクリン腺の汗)なのか? ミルクを愛好している読者をがっかりさせたくはないのだが、どうやらアポクリン腺から出る汗が起源らしい。

とはいえ、母乳という栄養のあるエネルギー源は、哺乳類に生存上の大きなメリットをもたらした。たとえば、子どもは生まれてすぐエサを取るという危険を避け、より早く成長し、性的にも成熟した大人になることができる。母親は脂肪というかたちで、将来、母乳となるエネルギー源を蓄えておくこともできる。こうして、爬虫類などには真似のできない、広範なエリアで棲息できるようになったのだ。恐竜絶滅後の哺乳類の爆発的な発展も、祖先たちが母乳に頼れたおかげとする説もあるほどだ。

■オスの精巣が体外に脱出したわけ

さて、メスの話をしたので、オスの興味深い話も取り上げよう。ヒトの男性でも陰嚢のなかに収められている「精巣(睾丸)」の件だ。陰嚢というぶらぶらと揺れるケースは、大切な精巣を守るには余りにも脆弱ではないか? 思わずなにかにぶつけて悲鳴を上げた男性は数知れないだろう。

通説では、「精子は熱に弱いので、体温の高い体内では機能が低下してしまうから」(冷却仮説)とされていた。ところが、この説にはさまざまな問題がある。まず、精巣が体温の高い体内にある哺乳類は少なくない。ゾウやサイなどもそうだし、例によってカモノハシもそうだ。カモノハシなどは、精巣を腎臓のそばにとどめている。つまり、精巣が低めの温度でよく機能するというのは、体外脱出のあとにそう進化したのかも知れないのだ。

その証拠に、精巣ではたらくタンパク質の遺伝子を調べた研究では、ふたつのタイプが発見された。ひとつは体のなかの高い温度で最適にはたらき、もうひとつは低い温度に特化してはたらくように修正が施されていた。このことは精巣がもともと高い温度で機能していたのに、より低い温度(体外)に適応するように余儀なくされたことを示している。

となると、なぜ、わざわざリスクの多い体外へと精巣は飛び出したのか? 本書はさまざまな説を紹介しているが、面白いのは「ギャロッピング(全力疾走)仮説」だ。この説によると、哺乳類が腹圧を急激に高める動き(たとえば、メスをめぐるオス同士の激しい戦い)をするようになったため、体外へ脱出したという。事実、精巣が体内でとどまっている動物たちは、飛んだり跳ねたり激しい動きはしないタイプだ。

戦闘などの激しい動きは避けられないので、まだしも体外のほうが安全ということか・・・・思うに、どちらにしても、哺乳類のオスとは切ない生きものではある。

インターシフト
2019年7月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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