ハチの巣はなぜ六角形なのか? 日常生活を「数学」で捉えよう
[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)
20世紀最大の物理学者と言われるアインシュタインは、「この世界で最も不思議なことは、この世界が理解可能であることだ」と言っています。
物理学者にとって“理解可能”とは、“計算可能”と同義です。天才アインシュタインにとって最大の謎は、この世界が数で表せることそのものだったのです。 (「プロローグ」より)
『日常にひそむ うつくしい数学』(冨島佑允 著、朝日新聞出版)の冒頭には、このような記述があります。
たしかに身のまわりを見渡せば、日常には「数」の法則があふれていることに気づきます。
すなわち本書では、「知っているようで知らなかった日常の不思議」「身のまわりに隠された数の神秘」など、タイトルにもなっている「日常にひそむ数学」の数々を紹介しているのです。
CHAPTER. 1「かたち」のなかから、ミツバチに関する数の疑問を抜き出してみましょう。
ハチの巣は、なぜ六角形なの?
ミツバチはなぜ、わざわざ六角形の部屋をつくるのでしょうか?
人間の感覚で考えると、四角い部屋のほうがつくりやすそうなので、そんな疑問が湧いてきたりもします。
しかしこの問題の背景には、ハチならではの「経済学」が隠されているのだといいます。
ハチの部屋は、いうまでもなくハチミツをためたり、幼虫を育てたりするために使われるスペース。
広ければたくさんのハチミツをためることができ、幼虫にとっても住みやすいのですから、なるべく広いに越したことはありません。
とはいえ巣づくりは、ハチにとって大変な労力を必要とする作業。なぜならハチの巣は、ハチミツからできる蜜蝋(みつろう)というものを使ってつくられるから。
蜜蝋は、働きバチが食べたハチミツを原料として働きバチの体内でつくられ、腹部にある蝋分泌腺から汗のように出てくるもの。
働きバチはその蜜蝋を足で伸ばして巣の壁をつくっていくのですが、10gの蜜蝋をつくるためには、その8倍の80gものハチミツが必要になるというのです。
こう聞いただけでも、巣づくりにかけるハチの苦労の一端を知ることができるような気がします。(9ページより)
働きバチは毎日が営業日
ところでご存知のように、蜜を集めるのは働きバチの役目。そして巣のなかには、1匹の女王バチの配下に数万匹の働きバチがひしめいています。
ちなみに、働きバチはすべてメス。巣のなかには数百匹のオスもいるものの、彼らは繁殖のためだけに存在していて、つまりは働きバチに養われているのだそうです。
なお、働きバチの寿命は1カ月ほどだといいます。しかも1匹の働きバチが一生のうちに集められる蜜の量は、わずか4~6g程度。
働きバチは女王バチのために一生を捧げるキャリアウーマン集団であると解釈できますが、彼女たちが一生をかけて集める4~6gの蜜をすべて使ったとしても、蜜蝋は1gもつくれないということになるのです。
ご存知のとおり、働きバチは来る日も来る日も空を飛び回っています。そして花を見つけては、少しずつ蜜を集めていくわけです。
当然のことながら土日・祝日のような休みはなく、言ってみれば毎日が営業日。
1匹が集められる蜜の量は微々たるですが、人海戦術をとることで、巣を維持できるだけの量を調達しているのだそうです。(10ページより)
蜜と江戸時代の米は役割が同じ?
ミツバチにとっての蜜は、人間にとってのお金のようなもの。血のにじむような労働の対価として、ようやく少しだけ得られるわけです。
たとえば江戸時代の経済が米によって支えられていたように、ミツバチの経済は蜜によって支えられているということ。
食料にもなり、巣の材料にもなるだけに、蜜は無駄遣いしないようにする必要があるわけです。つまりハチの巣をつくるときは、次の2点が重視されることになります。
できるだけ広いほうがいい
少ない材料で作りたい(コストの節約)
(12ページより)
人間も、賃貸物件を探すときなどは、限られた予算の範囲内で、なるべく広い部屋を探そうとするもの。ハチの住居も同じで、コストと快適さ(広さ)のバランスが大切だというわけです。
ところが部屋が円形だったとしたら、部屋と部屋の間に隙間ができてしまいます。少しでも部屋を広くしたいのに、スペースが無駄になってしまうということ。
実は、同じ大きさの正多角形を敷きつめる場合、平面をスキマなく埋める図形は、「三角形」「四角形」「六角形」の三つしかないことが知られています。
このことは、有名な古代ギリシャの哲学者・ピタゴラスによって発見されました。(13ページより)
つまり空間を効率よく使うためには、部屋の形はこのいずれかしか考えられないということです。
そして、ここで注目すべきは、部屋の壁をつくるために蜜蝋が必要だという話。
部屋を囲むのにどれだけ広い壁が必要なのかは、図形の周囲の長さ(外周)で決まります。外周が長いほど広い壁が必要になるので、たくさんの蜜蝋を使わなければなりません。
しかし使える蜜蝋の量が限られているのだとしたら、外周の長さ(=使わなければならない蜜蝋の量)が同じときに、部屋がいちばん広くなる図形を選べばいいわけです。
そうやって考えると、六角形がもっとも適していることがわかるということ。(11ページより)
工業製品に応用される「六角形の部屋」
それだけではなく、六角形の部屋は衝撃に強く丈夫なことでも知られています。ハチの巣の壁はとても薄いのに、内部に何kgものハチミツをため込めるのがその証拠。
そんなハチの巣の六角形は「ハニカム構造」と呼ばれており、これを使った素材はとても軽くて丈夫であるため、飛行機の翼や自動車のボディ、鉄道の扉などの設計にも応用されています。
またハニカム構造の素材が軽くて丈夫なのも、六角形だから。
たとえば金属のフレームを少しでも軽くしたい場合に効果的なのは、フレームが強度を失わない程度に穴を開けるという方法。
穴を開ければ、そこの金属の重さだけ全体が軽くなるからです。
しかしフレーム全体の強度は、穴ではない箇所の金属によって支えられているので、穴を開けすぎてしまうと強度が下がります。
そう考えた場合、支える部分(残す部分)に用いる金属の量を一定として、穴の面積を最大にすれば、強度を保ったまま極力軽くできるわけです。
そんな場合に、もっとも理想的なのが六角形。そしてそれは、少しでも部屋の面積を大きくしたいというハチの巣の問題とまったく同じだということ。
ハチの部屋の数を決めている数学的なメカニズムが、最先端の材料工学の問題にも応用できるとは、なんとも不思議な話ではあります。(17ページより)
このように、数学に関するさまざまなトピックスが紹介されています。そのため、数学について学ぶというより、楽しみながら読み進めることができるはず。
もちろん、数学が苦手でもまったく問題なし。読みものとして、純粋に楽しめる一冊なのです。
Photo: 印南敦史
Source: 朝日新聞出版