三体(さんたい) 劉慈欣(りゅう・じきん)著
[レビュアー] 池澤春菜(声優・作家・書評家)
◆世界の閉塞破る中国発のSF
人が想像できることの限界はどこらへんにあるのだろう。一つの太陽、十個の林檎(りんご)、百匹の蟻(あり)、千枚の紙あたりまでは思い描ける。でも、それ以上の数になると、具体的なイメージが追いつかない。観念としての数字ならもう少しいけるかもしれない。それだって億を過ぎたあたりから、ぼんやりしてくる。
想像し得ないものを、ありありと目の前に描き出してくれる。世界の外にある世界の存在を示唆する、『三体』はそんな小説だ。
物語は、文化大革命時の中国と現代を行き来しながら進んでいく。物理学者だった父を革命で失った葉文潔(ようぶんけつ)は、異星人を探すための極秘施設、紅岸基地に配属となる。そして現代、科学者たちの自殺が相次いでいた。その謎を追う研究者の汪〓(おうびょう)が辿(たど)り着いたのは、VRゲーム「三体」…。
ベースはSFだが、その構成はミステリやサスペンスに近い。丹念に積み重ねられる謎、まるで奇跡のような出来事。第一部のラスト、「誰が、どうして、何のために」が明らかになる瞬間は、素晴らしい快感だ。
この小説は、非常に中国らしいと同時に世界に通ずる普遍性を持っている。中国の近代歴史と登場人物たちの境遇や心境が見事にシンクロする。だが、そこで描かれる思いや葛藤は、誰しもが持つものだ。今、国として大きく発展を遂げている中国だからこそ描ける物語でもある。
故に中国語版が二千百万部超(本書に始まる三部作計)、二〇一五年のヒューゴー賞長篇部門受賞、そして日本でも一カ月で十万部という、世界的ヒットに繋(つな)がったのだろう。三体ショックとでも言うべきこの現象。その理由を、今の世界を覆う閉塞(へいそく)感と危機感、そしてSFだからこそ提示できる国や人種の違いを乗り越えたビジョンだと思うのは、SF好きの贔屓(ひいき)目だろうか。だがここで描かれる希望を、科学者たちの未来を見つめる姿勢を、私は信じたい。
三部作の続きは来年刊行予定。まだまだ先だ…。わたし、これを読み切るまでは死ねない。
(大森望、光吉さくら、ワン・チャイ訳、立原透耶監修、早川書房・2052円)
1963年生まれ。発電所のエンジニアとして働くかたわらSF小説を発表。
◆もう1冊
ケン・リュウ著『草を結びて環(たま)を銜(くわ)えん』(ハヤカワ文庫)。古沢嘉通(よしみち)ほか訳。
※ 〓は、うえに水、したに水が2つ