ヒト、犬に会う 言葉と論理の始原へ 島泰三著

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ヒト、犬に会う : 言葉と論理の始原へ

『ヒト、犬に会う : 言葉と論理の始原へ』

著者
島, 泰三, 1946-
出版社
講談社
ISBN
9784065166444
価格
1,925円(税込)

書籍情報:openBD

ヒト、犬に会う 言葉と論理の始原へ 島泰三著

[レビュアー] 片野ゆか(ノンフィクション作家)

◆異種間で伝えるために

 人間が犬と共に暮らして一万五千年以上。家畜化された理由は諸説あるが、ヒトが未開を脱し文明に至る過程で、防衛や狩猟、牧畜の効率化に貢献した可能性を否定する者はおそらくいないだろう。だが言葉(主に音声言語)の起源と発達は、犬の存在なしになかったと聞いたら、皆さんはどう思われるだろうか。

 言葉を発することができない犬が、いったいどうやって人間の言語発達に寄与したというのか? 当然すぎる疑問に対し、著者は、武闘家のような犬たちと共に一人で百キロを超えるイノシシを仕留める男との交流をはじめ、古今東西のエピソード、言語学や生物学、動物行動学など幅広い分野から注目すべき事例を示していく。

 たとえば犬の嗅覚。その能力は動物界最高ではないものの、人間の喜びや悲しみ、恐怖、凶暴さなど、あらゆる感情を容易に嗅ぎ分けることができるという。聴力や動体視力、運動能力などでも、人間が犬に遠く及ばないのは言うまでもない。なかでも著者が注目するのは精神性の違いで、感情的で妄想にかられやすい人間に対し、犬は妄想とは無縁、つまり常に客観的で論理的という点だ。

 人間と犬の、世界にたいする感覚能力はあまりに異なる。そして、これこそが言葉を使ったコミュニケーションの成り立ちの原点だという。ふたつの異種が共同作業を効率的におこなうには、適切な言語的精神を相互に共有し、洗練させる必要があった。言語は主に、人間の絶望(死の危険や不可能な仕事)を論理的に犬に伝えることで発達したというのだ。

 犬好きを公言する評者だが、本書を手にした当初は、著者の大胆すぎる主張に犬好きの極論という印象をぬぐえなかった。だが読み進むうち、予想外の説得力にひきこまれた。なにしろ言葉の発達に不可欠とされる“負の感情に左右されない丁寧な言い方”は現在、飼い主と愛犬が信頼関係を結ぶためのトレーニングの基本事項といわれているのだ。人間と犬の歴史に新たなスポットを当てる本である。

(講談社選書メチエ・1890円)

1946年生まれ。動物学者。著書『ヒト』『なぞのサル アイアイ』など。

◆もう1冊 

辻谷秋人(つじやあきひと)著『犬と人はなぜ惹(ひ)かれあうか』(三賢社)

中日新聞 東京新聞
2019年8月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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