銃弾とアヘン「六四(ろくよん)天安門」生と死の記憶 廖亦武(リャオイーウー)著

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銃弾とアヘン「六四(ろくよん)天安門」生と死の記憶 廖亦武(リャオイーウー)著

[レビュアー] 米田綱路(ジャーナリスト)

◆「暴徒」にされた市民たちの記録

 一九八九年六月四日、中国人民を守るはずの解放軍が、人民に銃弾を浴びせた。あの流血の“六四”天安門事件の夜に、長詩「大屠殺(とさつ)」を書いた詩人の廖亦武は、反革命罪で四年間投獄された。出獄後も監視され続け、何度も原稿を押収されながら、逮捕を逃れてドイツに亡命し、守り抜いた記録を世に問うた。その新たな一冊が本書である。

 廖亦武の罪とは、六四を記録した「文学罪証」である。ゆえに彼は、国家総ぐるみで消そうとした記憶を守る「記憶工作者」を自任し、文字を刻み続ける。独裁体制の底をくぐるなかで、膨大なインタビュー集『中国低層訪談録』をまとめ、本書では獄内外での体験と、出会った「六四暴徒」との対話を記録した。

 政府が呼ぶ暴徒とは、大多数が民主化運動の学生を支援した市民や労働者だった。有名な運動の指導者や知識人ではなく、暴徒にされた何万の「中国低層」こそ本書の主人公、六四の生き証人なのだ。

 本書にある「タンクマン王維林(ワンウエイリン)」は、六四で戦車の列に立ちはだかって進撃を止め、世界中を釘付(くぎづ)けにしたが行方不明になった。本書とほぼ内容が重複するドイツ語版の書名は『王氏、戦車に立ちはだかった男』である。丸腰の人民と戦車の対峙(たいじ)という、民主化要求と弾圧の本質を示す存在、無数の抵抗者の一人として、廖は彼を記録に刻んだ。

 銃弾に晒(さら)された人びとが獄中に囚(とら)われ続ける一方、獄外では改革開放によって拝金主義の「アヘン」が横行した。天安門の毛沢東肖像を汚し十一年余り投獄された一人は、いちばんの恐怖は何かと問われ、自分たちの行動が嘲笑され、顧みられずに忘れ去られる「未来」だと答えている。

 巻末の「劉暁波(リウシャオボー)の最期のとき」からは、廖が囚われの重篤の友人を救出すべく、旧東独の反体制詩人ヴォルフ・ビーアマン、ノーベル賞作家ヘルタ・ミュラーとドイツ政府に働きかけた経緯がひしと伝わる。ベルリンの壁が崩れた一九八九年の別の未来が、このように現在化して六四の壁を崩そうとしている。本書が示唆するのは、この未来だ。

(土屋昌明、鳥本まさき、及川淳子訳、白水社・3888円)

1958年、中国四川省生まれ。詩人、民間芸人。2011年、ドイツに亡命。

◆もう1冊 

余傑(よけつ)著『劉暁波(りゅうぎょうは)伝』(集広舎)。劉燕子(りゅうえんし)編訳、横澤泰夫・和泉ひとみ訳。

中日新聞 東京新聞
2019年9月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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