本屋大賞実行委員の書店員がオススメする「女の切実さを描いた」文庫3選

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  • マリー・アントワネットの日記 Rose
  • マリー・アントワネットの日記 Bleu
  • 渦森今日子は宇宙に期待しない。
  • 砕け散るところを見せてあげる

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高頭佐和子 王妃と青春と恋の「切実さ」

[レビュアー] 高頭佐和子(書店員。本屋大賞実行委員)

高頭佐和子・評「王妃と青春と恋の『切実さ』」

 マリー・アントワネット。私、彼女のことなら結構詳しいです。あれは中学生の頃、麗しく気高い女近衛連隊長がベルサイユで活躍する人気漫画を読んでいた時のこと。自分の前世が二百数十年前のパリの町娘で、オーストリアからお輿入れしてきた美しい王太子妃に、憧れたりムカついたりしていたことを突然に思い出したんですよ。懐かしさのあまり、彼女についての本をいろいろ読んだり、映画を見たりしてきました。

 という話を人にすると、「この人大丈夫?」みたいな目で見られてしまうのですが、とにかく私はアントワネットさまウォッチャーの元パリジェンヌ(今は東京の書店員)なので、吉川トリコ氏の「マリー・アントワネットの日記 Rose/Bleu」を当然のように手にしました。悲劇の王妃なのにあまりにノリが軽すぎないか? と思いつつ読み始めたのですが、予想を超えて心にグサグサ刺さる日記でした。

 たった14歳でフランスの王太子に嫁ぐことになったマリー・アントワネットは、日記帳にマリアという名前をつけ、親友に心を打ち明けるように日々の出来事を綴ります。慣れないしきたりや、常に人目に晒されることに戸惑い苦しみ、夫とのうまくいかない関係や、なかなか生まれない跡継ぎに悩み、贅沢な装飾品や取り巻きとの遊びに散財し、ある男性との恋仲を噂され……。細かいエピソードも丁寧に描かれていて、史実にかなり忠実なのに、文体は炎上気味なギャルママのブログそのものです。ギャルだったことは一度もないのですが、気持ちわかるわ! と何度も心の中で叫び、友情と家族愛と恋心に、涙腺崩壊しました。そして、最後はなんだか勇気が出ちゃう素敵な日記でした。王妃さま。もし私が前世に戻れたなら、あなたを批判する人たちに「アントワネットさまはそんなに悪くないじゃん。ギロチンやりすぎ!」と大声で言ってやりたいです。革命下のパリでは、フルボッコにされちゃうでしょうけれど……。愛すべき悲劇の王妃に出会わせてくれた著者に、拍手を送りたいです。

 愛すべき主人公と言えば、最果タヒ氏の「渦森今日子は宇宙に期待しない。」です。自意識過剰気味な青春を過ごしている女子(と元女子)の皆さんに、課題図書としてお勧めしたい一冊です。渦森今日子は、宇宙探偵部に所属する女子高生ですが、実は宇宙人で本名はメソッドD2。UFOが不時着して仕方がなく地球に暮らしているとか乗っ取りを企んでいるとかではなく、自分の意思でこの星に暮らしていて、仲の良い友達には秘密も打ち明け、自然な感じで受け入れられています。そんな彼女の日常は、ゆるく部活に参加したり、コンビニのアイスを食べたり、片思い中の友達に気を使ったり、進路に悩んだりという平凡なもの。とは言え宇宙人ですから、時々SFチックな出来事も起こります。

 設定はかなり不思議ですが、自分の居場所や行くべき方向に悩む渦森さんの青春は、微笑ましくて、なんだか懐かしくて、ちょっと切なくて、胸の奥が疼きました。実は宇宙人という特殊な秘密を、ナチュラルに受け入れて生きている渦森さんの物語を、自意識に押しつぶされてひたすら空回りしていたあの頃の私に、読ませてあげたいです。

 UFOが出てくる新潮文庫といえば、竹宮ゆゆこ氏の「砕け散るところを見せてあげる」について書かないわけにはいられません。竹宮氏の小説は新潮文庫nexから3作品が刊行されていますが、未読の方にまず手にしていただきたいのが大好きなこの1冊です。

 高校3年生の清澄は、1年生の女子・玻璃が、同級生から壮絶な嫌がらせをされているところを目撃してしまい、行きがかり上助けることになります。ほとんどしゃべらない彼女は、自分をかばってくれた清澄にも警戒心を解かず、そっと触れただけで大声をあげて逃げていく始末。それでも助けることをやめない清澄に玻璃は心を開き、前髪で覆われていた顔も見せるようになります。生きづらさと孤独に打ち勝とうとする玻璃の生命力は、少しずつ花が開いていくように美しく、心打たれずにはいられません。

 うまくいかないことは「全部UFOのせいだ」と言う彼女の発言の謎と、その後の二人の運命にハラハラしつつ、想像もしなかったやり方で物語を終結させた、著者の類まれな破壊力に驚愕していただきたいです。そしてぜひ、他の竹宮ゆゆこ作品もお楽しみください!

 ※[私の好きな新潮文庫]王妃と青春と恋の「切実さ」――高頭佐和子 「波」2019年9月号より

新潮社 波
2019年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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