虎とバット 阪神タイガースの社会人類学 ウィリアム・W・ケリー著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

虎とバット

『虎とバット』

著者
ウィリアム・W・ケリー [著]/高崎 拓哉 [訳]
出版社
ダイヤモンド社
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784478107669
発売日
2019/06/21
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

虎とバット 阪神タイガースの社会人類学 ウィリアム・W・ケリー著

[レビュアー] 小松成美(ノンフィクション作家)

◆圧倒的パワーの根源とは

 イェール大学教授が阪神タイガースを考察しまくる本、と聞いて興味が湧かないわけがない。七十歳を超えた著者がここまで“ダメ虎”をフィールドワークする様に「なんでやねん」と突っ込みを入れつつ、読み終えた瞬間にはある感慨が待っていた。甲子園を本拠地とする虎がアイコンの在阪球団に、ここまでアカデミックに向き合った日本人がいただろうか、と。

 同時に「タイガース」現象は近畿地方の出来事で、常に人ごとだった私は消え去った。今は、東京から五百キロ離れた球団の歴史とそこに集った人々のストーリーを「日本人の物語」として心に留め置くことができる。

 スポーツノンフィクションを書いて三十年、何度となくタイガースを取材し、燃える男・星野仙一監督やアニキ・金本知憲(ともあき)監督にも話を聞いた私は「どんなにタイガースが特別か」を知っているつもりだった。星野監督から「タイガースの監督というプレッシャー以上の重圧はこの世界に存在しない」と聞き、ファンの熱さや、どん底から優勝までを経験する幾多の激闘に心震わせ、それを文字にした。だがそれは、スポーツという範疇(はんちゅう)でのことだった。

 ここに記されたタイガースは、つまり日本社会の色濃い一景だ。国の縮図でもあるだろう。このチームだけが持つ熱狂的なコミュニティも、勝っても負けても祭りと化すゲームとファンの姿も、阪神的ヒーロー&アンチヒーローの誕生も、都市と企業とメディアとの関係も、スポーツ新聞で三百六十五日一面を飾っても知り得ないタイガース野球が包括する圧倒的パワーの根源を浮き彫りにしており、読者は、スポーツを題材にしたドキュメンタリーへの感動とは違うタイガースへの「肚(はら)落ち」を経験するに違いない。

 野茂英雄、イチローのメジャーリーグ(MLB)での活躍と存在感はエンゼルス大谷翔平へと引き継がれた。本書のページを捲(めく)りながら、日本人選手の華やかな舞台となったMLBの真相を、日本人のフィールドワークによって読んでみたい、と思っていた。

(高崎拓哉訳、ダイヤモンド社・1944円)

1946年生まれ。米イェール大教授。日米の学術交流促進などで旭日中綬章受章。

◆もう1冊 

ロバート・ホワイティング著『菊とバット』(文春文庫)。日米野球の違いを論考。松井みどり訳。

中日新聞 東京新聞
2019年9月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク