「ペットを飼いたいけれど、死なれたときのことを思うと……」と、ためらう声があります。実際、ペットを亡くしたあと、うつ病などを発症する「ペットロス」も広く知られています。それでも、ペット、とりわけ猫を愛してやまず、彼らが日々もたらす潤いや癒やしに魅せられる猫好きは、大勢いることでしょう。猫の平均寿命は人より短く、その死は避けて通れず、つらく悲しいもの。だからこそ、猫を愛する人たちの心に寄り添い、共感を呼んでいる新たなお弔いをご紹介します。
トレイに甦る「きれいな姿」
「高齢の猫がかかりがちな腎臓病をわずらい、歳も歳だったから、覚悟はしていました。わたしの誕生日の次の日、症状が急変して、そのまま逝ってしまって。わたしの誕生日は一緒に過ごしてくれたんだ、あの猫らしい優しさだな、と感謝しつつも、18年間ずっと生活を共にしてきたわけだから、もう会えないと思うと、悲しくて……」と語るのは、猫が登場する著作を多く執筆してきた作家の野中柊さん。愛猫が亡くなった夜、インターネットでペット霊園を探して、世田谷区上馬の「ジャパンペットセレモニー(せたがやペット斎場)」を見つけたという。
「お葬儀って、猫のからだがまだそこにあって、触れたり、撫でたり、声をかけたりすることのできる最後の時間ですからね、やはり、たいせつにしたかった。由緒あるお寺の敷地内にあって、荼毘に伏す前に、お経もあげていただけると知って、こちらにお願いすることにしました。霊園のスタッフの方たちが、とても温かく優しく接してくださって、お寺のご住職さまのお経も素晴らしく、大好きだった猫と過ごす最後の時間が、ほんとうに、よきものになりました」
野中さんが、ことに心を揺さぶられたのは、火葬したあとの収骨(お骨拾い)だった。
「とにかく、きれいなんですよ、お骨が。どうしたら、こんなことが可能なんだろう、と驚かされました。ステンレスのトレイに、標本みたいにきちんと並べてあって」
生きて動いていたときの、猫の姿を愛しんで再現するかのように丁寧に並べ、ひとつひとつ説明してくれたのだという。
「歯や爪まで見せていただけたの。猫の歯や爪なんて、ほんとうにちっちゃいんです。それをちゃんと焼き残して見せてくれるって、なんとこまやかな仕事ぶりなのだろう、わたしの猫のために、ここまでしてくださって、ありがとうって、感謝の気持ちでいっぱいになりました」
目の前でお骨を並べられたら、よりいっそう悲しみが深まるのではないか、とも思えるが、ジャパンペットセレモニーの部長、齊藤隆秀さんにお聞きすると、
「初めて、このようなお骨拾いをしてご遺族にごらんいただいたところ、たいへんに心がなぐさめられたとおっしゃっていただいて、試行錯誤を繰り返した甲斐があった、報われた、と思いました」
齊藤さんによれば、お骨や歯、爪などをきれいに残す火葬とその技術にお手本はなく、独自に研究して編み出したという。
「火葬する際に、炉の温度をあげれば、お骨はかたちが崩れて、あとを留めません。短時間で済ませ、燃料代の経費節減をはかり、また小さな骨壺に収めるために、高温でお骨が粉々になるよう火葬しているところもあると聞いています。でも、それでは、ご遺族の方々に申し訳なく、猫もなんだか可哀想に思えてしまったのです」
世田谷区の感応寺にジャパンペットセレモニーが火葬場を設けたときから齊藤さんはその立ち上げにかかわり、どのようにしたら、ご遺族の心に寄り添うお弔いをすることができるか考え、研究に研究を重ねた結果、たとえば猫の場合、火葬炉の温度を調節し、通常より15分から20分ほど長く時間をかけることによって、お骨をきれいなかたちに留めることができるようになった。それも、猫の大きさや年齢などによって微調整が必要となる。
「どれが、どこの部位の骨かということは、図鑑を調べたり、上野の『国立科学博物館』や伊東の『ねこの博物館』に通ったりして、勉強しました」
実は、ジャパンペットセレモニーは猫専門でなく、犬や鳥、小動物などあらゆるペットの葬儀を請け負っている。
「ドジョウや昆虫の火葬を依頼されたこともあります。もちろんペットを愛し、悼むお気持ちは変わりませんから、お引受けしています」(齊藤さん)
感銘を受けた野中さんが、「わたしはなにも知らずに、こちらに葬儀をお願いしましたが、お骨をきれいに並べます、こんなにも丁寧なお弔いをしています、とホームページなどで告知すれば、ぜひともお願いしたいと望む方たちがたくさんいるはずなのに、あえて、そうなさらないのは、齊藤さんたちの奥ゆかしいところですね」と言うと、
「口コミで広がる分にはかまわないのですが、厳粛なセレモニーですから、こちらから宣伝するようなことではないと考え、控えています」と齊藤さんは語る。
火葬料金は体重によって変わり、2キロから5キロで2万円。他のペット霊園と料金は変わらないものの、ペット火葬の取り扱い件数は年々増えているという。そして、18年間連れ添った愛猫を2013年に見送った野中柊さんは、この葬儀を題材のひとつにして、いつか小説を書きたいと考え、今年7月、『猫をおくる』(新潮社刊)を刊行した。
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1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「新潮」「芸術新潮」「週刊新潮」「ENGINE」「nicola」「月刊コミックバンチ」などの雑誌も手掛けている。
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