人口で語る世界史 ポール・モーランド著
[レビュアー] 根井雅弘(京都大教授)
◆増減で読み解く国家の勢力図
かつて人口とは軍事力であり経済力であると言われた。だが、十八世紀のブリテンでは、『人口論』のマルサスが予想もしなかった農業革命ついで産業革命によって、人口増加に見合う食糧が十分確保できるようになった。そしてブリテンは、人口競争でアングロ・サクソンの優位を確立し、世界的規模での領土獲得と繁栄の基礎を築き上げた。
十九世紀後半からブリテンを猛追したのはドイツとロシアである。ブリテンはドイツの人口増を危惧していたが、他方ドイツはロシアの人口増を懸念し、それがひいては第一次世界大戦につながっていく。著者によれば、人口増は軍隊の兵士の増加につながるが、「特に第一次世界大戦のような戦いは、天才的な発想の戦略のぶつかりあいというよりは、相手が疲れ切って倒れるまで互いに攻撃を繰り返すという過酷なプロセスだった」という。
だが先頭を切った国の順に、やがて乳児死亡率の低下、出生率の急激な低下、人口増加速度の下落などが生じる。ブリテンがもちろん出生率の低下を経験した初めの国となった。その間、アメリカとロシアは広大な土地と急増する人口を養える潜在力をもった大国へとのし上がっていく。
だが、第二次大戦後のベビーブーマーの時期を過ぎると、アメリカはヨーロッパと同様に、平均寿命の延びから高齢化、介護、医療などが深刻な問題となった。日本もかつては、人口増が国力の増大につながると考えられた時代があったが、いまや少子高齢化が急速に進み、同じ問題を抱えるようになった。著者の筆は中東と北アフリカにも及んでいるが、この地域の複雑な事情、例えば民主主義の欠如や女性差別、若年人口層の多さが政情を不安定にしていると指摘している。
世界史を人口動態だけで理解するのは難しいが、今世紀の半ばにはアメリカの白人の比率は全人口の50%未満になるので、ドナルド・トランプが白人で最後のアメリカ大統領になるかもしれないという興味深い予想もある。本書は読む者を飽きさせない。
(渡会(わたらい)圭子訳、文芸春秋・2376円)
ロンドン大学に所属する人口学者。英国とドイツの市民権を持つ。
◆もう1冊
大塚柳太郎著『ヒトはこうして増えてきた-20万年の人口変遷史』(新潮選書)