短歌と散文をつなげるという実験的試みで記された、奇想と幻想の70編

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きえもの

『きえもの』

著者
九螺ささら [著]
出版社
新潮社
ISBN
9784103527619
発売日
2019/08/27
価格
1,870円(税込)

ドゥマゴ賞作家による“短歌と散文をつなげる”奇想の70篇

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 二○一八年、初の著書『神様の住所』でBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞した九螺ささらの最新作『きえもの』は、短歌と散文をつなげる試みによって、普段、詩歌と親しむ機会のない読者に「五七五七七」の世界の魅力を伝える好著だ。

 ドラマに映る食事のようなものを指して使われる言葉「消え物」の本来の定義から始まる「あとがき」で、著者はその解釈を〈魂の乗り物である肉体についてではないか〉と広げてみせる。〈常にきえもの前夜を生きるありものたちが、「ある」と「ない」、「現実」と「夢」、「わかる」と「わからない」などの対概念の境界線を踏み越える瞬間を描いた〉のが、この一冊だと宣言しているのだ。

 たとえば「コロネ」の項。どうしてコロネしか売れないのか悩んでいたパン屋の主人〈わたし〉が、建物が渦巻き状に立地している町の中心に自分の店があることを発見するという発端が、〈渦〉を軸にどう展開し、〈爪楊枝で栄螺の身を刺し取り出すと三半規管がぬるっと痛い〉なんて不穏な歌を生むのか。

 あるいは「ちくわ」の項。〈スケソウダラの変身欲が満たされてちくわとは潜望鏡の形〉という歌が、自死願望のある語り手と宗教勧誘訪問者の話にどう接続するのか。または「水飴」の項。〈粘りある時間のごとく水飴は伸び縮みする空間のごとく〉と〈水面は一枚の黙めくるとき散逸してくこの星の奥義〉の間を埋める詩はどんな言葉を連ねているのか。

 奇想と幻想を礎にした掌篇が七十パターン。先に紹介した「あとがき」の一文どおり、どの項目も対概念を無効化する試みが効いていて、ひとつひとつはとても短いのに、優れてイメージ喚起力の高い短歌の効果もあいまって、なかなか物語の外に出て行くことができない。短歌はもちろん、小説と詩のエキスまで注入されたかのように、気配が濃い。タイトルとは反対に、いつまでも生まれたイメージが消えない七十篇なのだ。

新潮社 週刊新潮
2019年10月10日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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