文芸誌9月号は、芥川賞を視野に新人の意欲的な作品が目白押し

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芥川賞を視野に新人の意欲的な作品が目白押し

[レビュアー] 栗原裕一郎(文芸評論家)


群像2019年9月号

 今回の対象は文芸誌九月号。下半期の芥川賞が視野に入ってきたせいだろう、各誌、新人の意欲的な作品を投入している。技巧的、技法的な追究が目立つ。

 木村紅美「夜の底の兎」(群像)は、結婚制度と男女の役割、いじめと差別、優生保護法などすぐれて社会的な主題を設定しながら、自己中心的で差別的な主人公(女性。自身もいじめや性被害を受けた過去がある)のその無自覚さを、現実と幻想を混淆させる手法で、肯定的でも懲罰的でもないバランスを人為的に守り、ありのまま描こうとする。

 樋口恭介「瞬きと瞬き」(文學界)は、脳内外の記憶情報を素材に生成された「あなただけの名作映画」が、頭部に埋め込まれたデバイスにより提供されるという映画『マトリックス』的状況の下、「私」という物語を複層化し錯綜させる。

 間宮緑「語り手たち」(群像)も、物語と語り手というものの現在を突き詰めた作だ。近代文学以降ずっと問題だった両者を性質別にカタログ化してみせ、さてこの先は? と問うメタフィクションである。

 高尾長良「音に聞く」(文學界)は、音と言葉というそれ自体は古典的なテーマを、偽翻訳調の美文という異物的な文体を構築して描く。メタ構造が功を奏していないのが難点。

 千葉雅也「デッドライン」(新潮)は、新進気鋭の哲学者の初小説という売り出しから期待されるのとは裏腹な、虚構性の薄い(ように見える)自叙伝。ゲイをカミングアウトしている著名人の、同性愛と仏現代思想をめぐるリアルライフに興味を見出せるかどうかで評価は分かれるか。

 小説以外では、『すばる』で始まった「高橋弘希の令和音楽考」が面白い。高橋が音楽家を招き「物語と音楽の曖昧な領域」を探ろうという連載対談で、第1回のゲストはPeople In The Boxの波多野裕文。上田岳弘がその曲から芥川賞受賞作『ニムロッド』のタイトルを採ったバンドだ。

 初期プロフィールにオルタナバンドをやっていると書いていた高橋が、あたかも音楽の素人のように振る舞う、そのしらばっくれた虚構性がいい。

新潮社 週刊新潮
2019年10月10日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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