性犯罪者は受け入れ拒否! 非行少年たちの社会復帰には何が必要か 児童精神科医が語る問題点

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非行少年をとりまく状況とそこに横たわる課題や改善の方法とは?(※画像はイメージ)

「ケーキの切れない非行少年たち」を、どうすればいいのか?(2)

前回の記事に引き続き、『ケーキの切れない非行少年たち』著者、宮口幸治氏(精神科医、立命館大学産業社会学部教授)のインタビューをお届けする。

 前回は主に、非行少年たちの特性と、それを改善するために宮口氏が開発したトレーニング「コグトレ」について語ってもらったが、今回は先に進め、非行少年をとりまく状況とそこに横たわる課題、および改善の方法までを語ってもらった。 (聞き手 横手大輔)

──前回インタビューの最後で、「難問」がたくさんあると語られています。その「難問」とは例えばどんなものですか。

宮口 医療少年院にいた時の最大の問題は、少年院を出た後の「社会の受け入れ」をどうするか、でした。基本は保護者が引き取ることなのですが、保護者が引き取りを拒否したり虐待しているケースも多いので、その場合は保護観察所と一緒に引取先を探すわけです。これが難しい。
 しかも、私のいた医療少年院の場合、猥褻事犯や放火犯などが多かったので、そういう子はさらに引き取りが難しくなります。受け入れた子が、地域でまた猥褻事件を起こしたり、放火したりしたら、その施設が潰れてしまいますから。

──暴力や窃盗ならともかく、猥褻や放火は勘弁してくれ、と。

宮口 実際、猥褻事件や放火事件を起こした子とか、精神障害で薬を飲んでいるような子は、普通の人にはなかなか理解されないと思います。普通の少年院に比べても、医療少年院にいたような、知的や発達の障害をもっている子は引き受け手が少ないんですね。職員がいろんな施設を「受け入れてください」と頭を下げて回っていますが、なかなか受け入れて貰えない。
 また、家族がいる場合でも、猥褻事犯は受け入れられない場合がある。例えば自分の妹に対して性犯罪を起こしてしまうような場合もありますから、そうなったら家族であっても家に戻すわけにはいかなくなる。

──本当に受け入れられる場所がない子はどうするのですか。

宮口 その場合は、ずっと少年院にいます。通常、少年院の在院は1年弱(11カ月程度)ですが、受け入れ先がなくて3年間も在院していた子もいました。しかも、少年院に2年も3年もいたら、精神状態が悪化してしまいます。うつ病になってしまったり、統合失調症を発症してしまう。そういう子が何人か出ています。
 それでも、少年院にいつまでもいるわけにはいかない。大人になったからといって、彼らを徒手空拳でほっぽり出すわけには行きませんから、何とか探すわけです。

──性犯罪の問題は、社会の側も扱いかねているような印象がありますね。

宮口 性の問題は私自身もライフワークのようなところがありますが、いろんな課題があります。
 例えばいま、学校で性教育がされています。しかし、教えているのは基本的に「メカニズム」で、「どんなことが性の問題行動になるのか」という視点はありません。薬物は「ダメ、絶対」と教えていますが、性犯罪を「ダメ、絶対」とは教えない。でも、薬物事件をおこした芸能人よりも性犯罪をおこした芸能人の方が復帰は難しいでしょう。つまり、性犯罪の方が社会的影響が大きいんです。
 なので今、小学校でも使える教科書的なワークブックを作っています。性犯罪の発生しやすい状況や場所を理解させたり、コミュニケーションの不全から犯罪と思われてしまうような状況が発生するのを防ぐ。そういったスキルを身につけるためのワークブックです。11月に発刊予定です。よく、性犯罪の加害者が「同意があったと思っていた」と言いますが、本人にそのつもりがなくてもアウトになる状況はあるのだ、ということなどを学んでもらいます。


医療少年院での勤務経験もある著者、宮口幸治氏(現・立命館大学産業社会学部教授)

──学校教育では、他にどんな課題があるとお考えですか。

宮口 人口の14%を占める「境界知能」の子どもたちが「気付かれない」状況は、早急に是正しなければなりません。そのためには、学校の中で、認知機能面以外にも学校教育で扱わない分野を充実化させていく必要があります。
 現在の学校は学習面、それも「教科教育」に集中しすぎていて、社会面のスキルを身につけさせる機会が乏しい。道徳教育の代わりに、社会性の強化を図るようなプログラムをやってもらえたら、という思いはありますね。先生が道徳を説くのではなく、具体的な場面を想定してその中での振る舞い方を考えさせるようなグループワークをさせたら、ずいぶんと変わると思います。
 また、身体教育の面では、スポーツは教えられていますが、不器用さを克服したり、身体の使い方のおかしさを改善するような取り組みはほとんどありません。医療少年院には、水道の蛇口を回しすぎて蛇口を破壊してしまったり、本人はじゃれ合っただけのつもりで相手に大けがをさせてしまったなど、身体の使い方のおかしな子がたくさんいました。力加減が分からないのです。身体的不器用さは目立ちますし、物理的に問題を起こすことにも繋がるので、進学や就労の妨げにもなります。ここも学校教育によって大きな改善が期待できるところです。
 学校教育は学習指導要領という縛りがありますが、それが実際に学校で直面している問題とマッチしていない部分が出ているわけです。じつは、そういう状況があるのは少年院も一緒で……。

──どういうことですか?

宮口 従来、少年院での教育は、現場の責任者の裁量でいろんなことが出来ていたのですが、2015年に少年院法が変わってから、それが難しくなりました。少年院法改正後は、矯正局が管内の矯正施設に一律で「この教材をやりなさい」と押しつけてくるスタイルに変わったのですが、これがあまり実態と合っていないんです。
 教材を作る人の中には、多少は現場を分かっている人もいるとは思うのですが、必要なのはもう少し専門的な知見です。例えば、認知機能の弱さを矯正するようなトレーニングなんて一切入っていないし、性犯罪のプログラムも欧米のものをそのまま持ってきたようなもの。現場の受刑者を見ながら「これが必要だ」ということで作られたわけではないんです。

──宮口さんが考案した認知機能トレーニング「コグトレ」が一般化していけば、だいぶ変わるように思いますが。

宮口 前回もちょっと話しましたが、矯正施設の中には採用してくれているところもあります。しかし、特定の矯正管区内で標準化されたプログラムになっているか、というと、そこまでは行っていません。

──ここまでお話を伺ってくると、性犯罪者や放火犯のような人たちは、究極の「社会が受け入れにくい人たち」という印象を受けるのですが、精神科医として、彼らをどうすればいいとお考えですか? 

宮口 う~ん。軽々には言えませんし、ある意味で高望みでもあるのですが、「仕事じゃない形で」彼らに関わってくれる人が増えるのが理想ではあるんですよね。家族とか、恋人とか。
 ちょっと余談になりますが、病院の精神科に勤務していた頃、家族から性的虐待を受けていたり、性風俗の社会にどっぷりと浸かっていたり、薬物中毒になっているような女の子をたくさん見てきました。そんな彼女たちでも、「いい男」に出会うと劇的に変わるんですよ。10代から暴れ続け、精神病院に入り、刑務所に入りかけたような子でも、主婦になって普通に子育てするようになったりしますから。
 思春期外来に来るのは女の子がほとんどなんですが、彼女たちは「いい男」ができたらたいてい落ち着きます。お金でもないし、仕事でもない。いかに「いい男」を見つけるか。つまり女性として魅力的になるかの方が大事であったりします。これも広い意味での「社会性」ということになりますが、ちょっと身も蓋もない話かも知れません(笑)。

──言われてみればなるほどという気がしますが、逆に性犯罪を犯した少年が「いい女」を見つけるのは、かなりハードルが高そうです。

宮口 そうですね。実際にそういう女の子と出会って立ち直る子もいますが、ハードルは相当に高い。
 実は、精神医療の現場では、「もっと他のやり方の方が効果あるかもしれない」と思わされるような身も蓋もないことって、けっこうあるんですよ。

――例えば?

宮口 病院の外来であるうつ病の患者さんに処方したら「こんなん、毎回10万くれたら治るわ」と言われたことがあります。毎回、薬をもらうより、外来にくるたびに10万円もらえたら病気は治るという意味のようです。なるほど、と妙に納得してしまいました。経済的な理由でうつになる人も多いので、そういう人たちにはその理由を取り除いてあげれば治ってしまうように感じました。どのみち診療費や薬剤費で結構なお金がかかっているわけですから、現金を給付するのでも同じでしょう。
 キレイゴトを言っているだけでは済まない、むき出しの真実を見据えて、いろいろと変えなければいけないところがあるように思います。

──宮口さんご自身は、今後どのような活動をしていきたいと思っていますか。

宮口 現在でもいろんな活動をしています。大学での授業、コグトレの研修、月1回の少年院での診察、学校コンサルテーションや教育相談。それに加えて講演や執筆です。これまでに得た知見を、少しでも多く社会に還元していきたい。前職の少年院では「やりきった」ので、今後はもっと自由に発信していきたいと思っていたところで、立命館大学に転身できたのはよいタイミングでした。

──その立命館大学、実は我々とは不思議なご縁があります。

宮口 私が2016年に立命館大学産業社会学部に移ったのは、前年(2015年)にここの教授だった岡本茂樹さんがお亡くなりになったからでした。岡本茂樹さんは、『反省させると犯罪者になります』『凶悪犯罪者こそ更生します』『いい子に育てると犯罪者になります』という3冊の新潮新書を書いています。その岡本さんの後任として私が入ったわけです。その話は、立命館に赴任してから知りました。
『ケーキの切れない非行少年たち』の中では、岡本さんの『反省させると犯罪者になります』にも言及しました。「反省させようにも、反省以前の子がいるよ」という、やや異論的な文脈での言及でしたが、矯正教育の分野で岡本先生が果たした功績は大きいと思っています。ご遺族であるお母様が立命館に寄付をされ、それをもとに岡本茂樹奨学金という制度もでき、私も初回に関わらせて頂きました。岡本先生の本と同じ新潮新書というレーベルから本を出させて貰ったのも、何かのご縁かも知れません。

宮口幸治(みやぐち・こうじ)
立命館大学産業社会学部教授。京都大学工学部を卒業し建設コンサルタント会社に勤務後、神戸大学医学部を卒業。児童精神科医として精神科病院や医療少年院に勤務、2016年より現職。困っている子どもたちの支援を行う「コグトレ研究会」を主宰。医学博士、臨床心理士。

Book Bang編集部
2019年10月31日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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