本についてもう一度考えたくなる、古本屋の歴史を切り取った物語

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

定価のない本

『定価のない本』

著者
門井 慶喜 [著]
出版社
東京創元社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784488028039
発売日
2019/09/20
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

本を扱う者の姿勢を問いかける古本屋が沿うべき思想

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 本は歴史を背負ってやってくる。

 記された文章だけでなく、それが書かれるまでの事情など、すべての背景の集合体が本なのではないか。

 と、そんな風に考える方にお薦めしたいのが門井慶喜『定価のない本』だ。物語の舞台は一九四六年の東京である。近世以前の和本のみを扱う、無店舗で通信販売専門の古本屋・琴岡庄治は、旧知の同業者である三輪芳松が死んだことを知る。倉庫で寝ていたところに売り物の本が落下し、圧死したのである。

 事故として片付けられたが、状況に疑問を持った庄治は殺人の可能性を疑い始める。芳松の妻のタカも、葬式の後、行方不明になっていた。だが、独自に捜査を進める庄治の前には、意外な相手が立ちふさがる。

 敗戦後の社会動乱が物語の背景にはある。当時の古本屋としては特殊な業態であった主人公の店は、意外なことが原因で業績不振に陥る。通信販売には不可欠な、目録を刷るための紙が手に入らなくなったのである。古書即売会に参加した庄治が苦汁を舐めさせられる場面は読んでいて辛くなるが、そうした苦境に加えて、事件に首を突っ込んだための危機までが背後に迫ってくるのだ。

 直木賞受賞作も含め、近年の門井には歴史小説の印象が強いが、図書館司書を主人公とする連作など、本を題材とした作品も多い書き手なのである。本書もその系統に入る作品だ。古本屋の歴史を当事者の視点から切り取った物語であり、徳富蘇峰など実在の人物も登場して話に花を添える。分類としてはミステリーだが、謎解きに関心がない読者でも楽しめるはずである。

 第二章に古本屋が沿うべき思想として「文化の配電盤ではあっても、文化の選別機ではない」という印象的な文章が記されている。その箇所のみならず、この小説全体が本を扱う者の姿勢に対する問いかけにもなっているのだ。読む側もまた、本についてもう一度考えたくなる。

新潮社 週刊新潮
2019年11月7日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク