「この現実」に縛られて辟易している人にこそ一読を勧めたい、規格外の大長編

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オーガ(ニ)ズム

『オーガ(ニ)ズム』

著者
阿部 和重 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163910970
発売日
2019/09/26
価格
2,640円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

“ありえない物語”が現実を上書きする規格外の大長篇

[レビュアー] 武田将明(東京大学准教授・評論家)

 阿部和重は、一九九九年以降、自身の故郷である山形県東根市神町を舞台とする連作を多数発表してきた。本書はその中核をなす神町三部作の完結篇である―と書きながら、まるでどこかで見たような文章だと苦笑を禁じえないのは、私自身が阿部の作風に感化されたせいだろう。

 阿部ほど引用の効果に敏感な作家は珍しい。本書でも、冒頭でバラク・オバマの自伝を引用し、随所で現実のニュース記事を取り上げている。こうして、作品世界と私たちの暮らす「この現実」との距離を縮める一方で、映画やドラマへの言及が無数にちりばめられる。そもそも、自宅に突然やってきた血まみれのCIAケースオフィサーを助けた主人公が、スーツケース型核爆弾でオバマ大統領を暗殺しようとする敵に立ち向かうという筋立てからして、スパイ映画のパロディのようだが、さらにこの主人公は、自分を『ミッション:インポッシブル』のトム・クルーズに喩えるという暴挙(?)に出る。

 こうした現実と虚構とのあわいを衝く工夫の最たるものが、主人公を「阿部和重」と名づけたことである。作家業を営み、「川上」という映画監督を妻にもつ(もちろん作者の妻の川上未映子は文学者なので微妙にずれている)「阿部和重」が、撮影のため妻が長期不在の中、三歳児のワンオペ育児に困窮するリアルな記述と組み合わせて、彼やCIAの関係者たちが、いまや日本国の首都となった神町に赴き、恐るべき超能力を使う菖蒲一族と対決するという、ありえない物語が展開する。こうして私たちの日常は陰謀と破壊の世界に上書きされていく。そしてこの八五〇ページを超える大長篇の“衝撃の結末”について、膝を打つか、呆気に取られるか、その両方かは、読んでのお楽しみだ。

 ともあれ、現代日本が本書のような規格外の作品を持ちえたことに、深い歓びを覚えずにはいられない。「この現実」に縛られて辟易している人たちにこそ、一読を勧めたい。

新潮社 週刊新潮
2019年12月5日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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