8年400回の生放送が鍛えた落語家の集中力と底力
[レビュアー] 立川談四楼(落語家)
TBSのラジオ生放送番組に『久米宏ラジオなんですけど』があり、本書はその中の名物コーナー『ネタおろし生落語「彦いち噺」』を書籍化したものです。
土曜午後1時から3時までの放送で、著者の出番はエンディング前の約4分間、それを8年でおよそ400回続けてきました。昼頃に局入りし、打ち合わせの中で「こんなネタを」と振られます。2時過ぎに放送作家の前で試演。わかりにくい部分等を指摘してもらい、噺を圧縮し、ギャグを入れる等の作業に一人で立ち向かいます。
いざ本番。環境は劣悪と言っていいでしょう。公開番組ではありませんから客は存在せず、いるのは右隣の堀井美香アナウンサーと右斜め前の久米宏さんだけなのです。つまり前と左には誰もいない状態で4分間演じるわけです。至近距離の堀井さんや久米さんもおつらいでしょうが、これ、想像するだに演者には大変なプレッシャーです。
生放送でネタおろしを8年400回、気が遠くなります。それも番組のテーマに沿ったもの、つまり政治経済に始まり、文化や流行、社会問題と、ネタはあらゆる分野に及ぶのです。現在落語家は、東西で約900人いるとされていますが、この企画を振られて手を挙げる人はごく限られるのではないでしょうか。みな怯むはずなのです。
著者はコーナーが始まった当時、創作落語に打ち込んでいました。ええい、ついでだと勢いで受けた仕事だと思われます。しかしこの仕事は著者を鍛えました。このスタジオでの状況を体験してますから、もう何を振られてもどんな会場でも驚くことはないでしょう。
何か一つ小噺の紹介をと思ったのですが、何せ4分間分の活字は相当の量があります。本書には400話から63話が収録されています。どうぞタイトルとともに、落語家の集中力と底力を味わってください。