自画像のゆくえ 森村泰昌(やすまさ)著
[レビュアー] 内田真由美(アートコーディネーター)
◆「わたし」とは?大胆に考察
初めてその作品を見たときの衝撃を忘れられない。耳を切り落としたゴッホの自画像。ギョロッとした生々しい眼(め)。森村泰昌が注目を集めることになった作品、一九八五年に発表したゴッホの自画像に扮(ふん)したセルフポートレート写真だ。数えきれないほど見てきたこのゴッホの絵が、実はどのような作品であったのか、どのように描かれていたのか、改めてじっくり見比べたことをはっきり覚えている。以降、森村は美術史上の名画の人物や映画女優、二十世紀の偉人などに扮した「自画像的作品」を三十年以上、創り続けてきた。その森村が約六百年の自画像の歴史をめぐり、縦横無尽に画家たちが描いてきた「自画像/セルフポートレイト」を考察する。
「自画像のはじまり」とされるファン・エイク、デューラー、レオナルド・ダ・ヴィンチ、カラヴァッジョ、ベラスケス、レンブラント、ゴッホ、フリーダ・カーロ…。松本竣介(しゅんすけ)をはじめ夭折(ようせつ)した日本の洋画家たち。制作する実践者であり、画家に扮した当事者としての森村の視点は説得力があり、定説や研究者には論じられない、大胆で緻密、自由で想像力に富む。森村作品そのままに、名画を見る私たちに新たな発見や気づき、ユニークで多角的な見方を提示して、引き込まれる。
日本でも人気のフェルメールの《牛乳を注ぐ女》と《デルフトの眺望》の二作品が、デルフトを襲った火薬庫の大爆発の悲劇から復興する市への鎮魂と祈りを込めて描かれた連作ではないかという結論に至る、「あ、これはもしかしたら!」とドキッとする瞬間など、一緒に想像の旅をしているようで心躍る。
森村の自画像をめぐる旅は、プリクラからカメラ付きケータイ、コスプレ、「自撮り/セルフィー」、現代の「わたしがたり」へとたどり着く。六百ページを超える本書は、自画像をテーマとした絵画史であり、六百年にわたる歴史小説であり、「わたし」とは何かを綴(つづ)る人間ドラマであり、森村の自伝ともいえる。重層的な楽しみがつまった一冊である。
(光文社新書・1650円)
1951年生まれ。美術家。2018年「モリムラ@ミュージアム」を大阪に開館。
◆もう1冊
森村泰昌著『美術、応答せよ!-小学生から大人まで、芸術と美の問答集』(筑摩書房)