学生たちの牧歌1967-1968 中村桂子著
[レビュアー] 中沢けい(作家)
◆闘争の奇妙な朗らかさ
文芸同人誌即売会「文学フリマ」は二〇〇二年の第一回開催以来、年々歳々に規模が拡大し、現在では複数の都市で開催されるに至った。そこには長い歴史を持つ同人誌同人から、初めての手造りの本を売る学生まで、多くの人が集まる。商業的な文学の不振の指摘とは裏腹に、小説や詩を書きたい人々の熱意は少しも衰えていないことを見せるにぎわいがある。
『学生たちの牧歌 1967-1968』の中村桂子も中央大学学生による『白門文学』を出発点に同人誌に作品を発表してきた人だ。青春時代の同棲(どうせい)者との邂逅(かいこう)を描く「足の記憶」、自己に忠実な舅(しゅうと)の晩年を描く「義父の選択」などは経験を積んだ書き手でなければ見せられない濃縮された時間の味わいがある。
表題作は、C大学の春の自治会選挙から、佐藤栄作首相の南ベトナム訪問阻止の羽田事件、さらには冬の学費値上げ反対闘争を描く。この年は日本のみならず欧州でも米国でも学生による社会への異議申し立てが広がった年だ。
「なぜ闘うのかはわかるが、どうやって闘うかになるとまったくわからない」という趣旨の作中人物の言葉がある。討論の結果、学費値上げ阻止のために全学ストライキは打つが、卒業がかかっている四年生を脱落させないで卒業させるという「奇妙な結論」を導き出す。日常を維持しながら異議申し立てをするのは、当時の学生にとっては「奇妙な」ことだった。が、その奇妙な戦術が功を奏し学費値上げは白紙撤回される。白紙撤回の報を受けた場面の高揚感はこの作品の白眉だ。表題が「牧歌」となっているのは、学生運動が陰惨な左翼闘争へ堕して行く萌芽(ほうが)を描きながら、明るい成功の手ごたえを主旋律としているためだ。
全共闘の学生運動といえば、自己批判や自己否定が「総括」という名の陰惨な殺人事件となった連合赤軍事件などがしばしば語られる。この作品に描かれた民主主義のレッスンと呼んでもよいような朗らかさは、甘い思い出として人々の沈黙の中に潜んでいる。
(幻戯(げんき)書房・1980円)
1945年、岐阜県生まれ。同人誌を中心に執筆。著書『とても陽気な胸騒ぎ』。
◆もう1冊
小池真理子著『無伴奏』(新潮文庫)。学生運動全盛期の高校生の青春。