『経済学のパラレルワールド』
書籍情報:openBD
経済学のパラレルワールド 入門・異端派総合アプローチ 岡本哲史(てつし)・小池洋一編著
[レビュアー] 中村達也(経済学者)
◆主流派以外にも目を向けて
かつて日本の大学で経済科目の柱となっていたのは、マルクス経済学と近代経済学。その近代経済学は、新古典派のミクロ経済学とケインズ派のマクロ経済学から成り立っていた。ところが、石油ショックに直面した一九七〇年代になって、先進諸国が不況の中での物価高騰に見舞われ、ケインズ経済学の有効性に疑問符が付けられるようになった。さらに、ベルリンの壁の崩壊と東西冷戦の終結を境に、マルクス経済学の勢いが次第に弱まっていった。そして気がつけば、経済学の主流派の位置を占めていたのは新古典派経済学で、それを背後で支えていたのが新自由主義の哲学であった。
一方、現実経済に目を向ければ、市場経済の調整機能を重視する新古典派経済学を支えに、規制緩和、構造改革、グローバル化が急速に進められた。労働市場の流動化、小さな政府路線の下での福祉政策の見直しも進められた。同時に、そうした政策のもたらす負の側面が様々な形で露(あら)わになっている。バブルの発生と崩壊が繰り返され、労働環境の劣化と格差の拡大が進んだ。そして地球環境問題の深刻化、等々。
経済学を学ぶ学生達(たち)には、主流派経済学以外の異端派の「パラレルワールド」があることに関心を持ってほしいし、政策立案に関わる人達には、主流派経済学の枠組みでは掬(すく)い取ることのできない現実の複雑さに思いを寄せるために、異端派経済学のメッセージに注目してほしい。著者達のそんな熱い想(おも)いがひしひしと伝わってくる。
例えば、K・ポランニーのメッセージ。市場経済は、元来は社会に埋め込まれていたはずであったのに、今やその社会から抜け出て、逆に社会をその支配下に置くようになってしまった。人間を労働力や消費者としてしか見ないがために、人間から人間らしさを奪い、自然を資源や廃棄物の捨て場としてしか見ないがために、深刻な環境問題を引き起こしている。まさに今日的な緊急問題へのメッセージである。五百ページを超える大冊で、読み応え充分。
(新評論・3850円)
<岡本> 九州産業大教授。
<小池> 立命館大社会システム研究所客員研究員。
◆もう1冊
ジャン・ティロール著『良き社会のための経済学』(日本経済新聞出版社)。村井章子訳。