今回の芥川賞本命か? 乗代雄介「最高の任務」の実験的手法

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引用がふんだんな実験的手法が持ち味 今回「芥川賞」の本命

[レビュアー] 栗原裕一郎(文芸評論家)


群像2019年12月号

 文芸誌12月号は下半期芥川賞候補選出の期限の号だ。本欄は現状、〆切の関係で他の文芸時評より1ヶ月後ろにズレ込んでおり(帳尻を合わせたいのですがなかなか……)、今回の芥川賞候補作はすでに発表されている。12月号からは、乗代雄介「最高の任務」(群像)が選ばれていた。

 大学卒業を迎えた「私」阿佐美景子が語り手。「私」が卒業式には出ないと言うと、母が家族みんなで行くと言い出した。「小学校五年生以来」の「卒業」だからと思わせぶりだ。秘密の計画があるらしい。

「私」が大学3年のときに癌で急逝した叔母が関係するらしいその秘密を探るべく、「私」は小5から書き始めた日記を繙く。「私に読まれないようにね」と叔母が日記帳をくれたのを機に付け始めたものだ。大学入学後「私」は叔母とあちこちに出掛けたが日記は途絶した。叔母の死後、二人で行った場所を一人で訪ね直し、道行きを回想するために日記が再開される。

 地の文では、卒業式を終えた「私」が、目的も行き先も伏せられたまま家族に連れられ電車に乗っている。

 この地の文も「私」の日記である。卒業式前後の出来事と、過去の自分の日記を頼りに、叔母の輪郭をあらため、叔母が残したものを掘り起こす精神的作業が、現在の日記の中で並行して進んでいるわけだ。

 叔母は驚異的な教養人だったが、何も書き残さなかった。「私」は書くことで敬愛する彼女の「真意」を探ろうとしている。

 過去の自分との対話は「秘密」への伏線でもある。伏線を張ったのは実は叔母で、それを解くことが「私」に課された「任務」であるという重層構造。

 乗代はブッキッシュな作家で、引用もふんだんに用いられる。手法探求的なアプローチが人間味溢れる感動に収束していくこの感触は味わったことのない質だ。実に精緻に周到に書かれた小説で、今回の芥川賞は乗代が本命であろう。

 李琴峰「星月夜」(すばる)も候補にあがっておかしくない仕上がりだと思ったが、芥川賞候補というのは出来の良い順に拾われているとは限らないものだ。

新潮社 週刊新潮
2020年1月16日迎春増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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