EU離脱後にイギリスが目論む日英同盟復活――海洋国家に復帰するイギリスが接近したい日本

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EU離脱後、イギリスが日本と再び同盟関係に進もうとするのは地政学的にも必然といえる。(写真)3dmitry-stock.adobe.com

 いよいよ1月31日午後11時(日本時間2月1日午前8時)に、イギリスはEUから離脱します。離脱により、今後の政治や経済への影響を懸念する声が聞かれます。
 ここでは『逆さ地図で解き明かす新世界情勢』(ウェッジ刊)より、国際関係アナリストである著者の松本利秋氏が、EU離脱後のイギリスの行方と、日本とイギリスが新たに構築すべき関係について語ります。

EU離脱後に目指す「グローバル・ブリテン」

 2019年12月12日、地政学発祥の地イギリスで、21世紀の世界を揺るがす地政学的大変動が起こりました。震源は、EUからの離脱を目指すボリス・ジョンソン党首率いる保守党が、この日投開票された総選挙で圧倒的な勝利を収めたこと。そして、2020年1月23日には、EU離脱に必要な関連法が成立。イギリスは31日をもっていよいよEUから離脱します。

イギリスはEU発足当時からのコア・メンバーであり、ヨーロッパの大陸国家ドイツやフランスと一緒になって政治と経済の在り様を決めてきました。逆に見れば、この間、イギリスはEUに縛られて自国の裁量で外国との貿易協定一本も結ぶこともできなかったとも言えます。さらには安全保障の面でもEUに縛られて、独自の安全保障政策が採れない不自由な状態でもあったのです。

元々、自由な海洋国家として世界に進出し、産業革命発祥の地として近代社会の先駆者となり、その枠組みを創設。世界をリードしてきたのがイギリスです。が、第二次世界大戦後の米ソ冷戦構造の中で、安全保障面ではNATOの一員であり、経済的にはEUの一員として、ヨーロッパの大陸国家流の枠組みに閉じ込められてきたのです。

今回のEU離脱後、イギリスの基本戦略のコンセプトは、「グローバル・ブリテン」です。これは2016年のEU離脱の可否を問う国民投票の際、当時ロンドン市長であったボリス・ジョンソン現首相など保守党離脱賛成派がキャンペーンの標語としで使い、「イギリスはEUの枠に閉じ込められることなく世界の舞台で活躍すべき」と一貫して主張しています。EUからの離脱を、積極的な方向にもっていくための基本的な戦略目標でもありました。

2017年1月のメイ首相(当時)がブレグジット交渉にあたる基本的姿勢を明らかにした公式発言などによると、その具体的なイメージはEU離脱後もいかにして国際社会で影響力を行使し、国益を守っていくかを考えた場合、限られた予算を効果的に使って最大効果を上げるために「グローバル・ブリテン」の基本戦略の下に政府の資源を集中させる。その基本的な構想は、イギリスが自信と自由に満ちた国としてヨーロッパ大陸に留まらず、幅広い世界で経済的・外交的機会を求めること。さらにイギリスは法に基づく国際秩序、法の支配、基本的人権・公民権、リベラルな民主主義を守るべく、価値観を同じくする国々と連携することなどとなっています。

その構想を支える基本的な柱の一つは、将来の安全保障の新しい枠組みの構築です。EU 離脱が確実となった現状で、「グローバル・ブリテン」を実現するためには、外交や通商といったソフトパワーのみならず、それを担保する軍事力のハードパワーの拡大も必要なのです。

アジアへの軍事プレゼンスを高めるイギリス

20世紀、二度の世界大戦で国力を落としたイギリスは、1957年のスエズ危機等を契機に労働党政権下の1968年以降、スエズの東から軍隊を撤退させました。その後も一部の湾岸地域やインド洋のディエゴ・ガルシア島に若干の兵力を置いてはいますが、主として現地国軍の支援といった目的でごく小規模の軍事的展開に過ぎません。

第二次世界大戦後のイギリスの軍事的コミットメントは、主としてNATOの枠組みの中でヨーロッパの守りを固めることに限定されていました。EU 離脱後「グローバル・ブリテン」戦略推進にはハードパワーの国際展開が必要不可欠であり、再度スエズの東、中東やインド洋の防衛にも積極的に関与していく姿勢が明確化しています。

具体的には2016年12月にバーレーンで開催された中東安全保障会議の場で、ボリス・ジョンソン外相(現首相)が「スエズの東からの撤退は誤った判断であり、今後イギリスは中東やインド洋地域にもより積極的に関与する意思がある」と発言。その動きはすでに始まっており、2018年9月には「航行の自由」をアピールすべく揚陸輸送艦HMSアルピオンに南シナ海の西沙諸島付近を航行させています。

当然、中国側はこれに強い不満を表明しました。が、続く2018年12月、テレグラフ紙の報道によると、ガビン・ウィリアムソン国防相(当時)が海外に軍事基地を設置する可能性を示唆。東南アジアとカリブに海軍事基地を設置する可能性があり、アジアの拠点はシンガポールかブルネイ、カリブ海の拠点はイギリスの海外領土であるセントセラトかガイアナではないかとの憶測が流れました。

 中でも注目されるのが、南シナ海に英海軍が積極的に関与する姿勢です。2018年にオーストラリアを訪問したジョンソン氏(現首相)が2020年代にクイーン・エリザベスとプリンス・オブ・ウェールズの空母2隻を派遣すると表明。2019年現在でも、国連制裁に違反した北朝鮮船の密輸監視に艦船をこの海域に派遣しており、それに加えて空母の派遣はアジアにおけるイギリスの軍事プレゼンスの強化につながると言えます。

さらには中国への香港返還時の約束であった「一国二制度の50年間維持」が、中国政府の強硬策により危うくなっている状況に対して、当事国としてこれまで何の影響力を持てなかったイギリスの中国に対する圧力となりうるのです。

ブレグジット後に加速する「日英同盟」という選択

 ブレグジット以降に具体化される「グローバル・ブリテン」構想によるイギリスの安全保障政策は、日本が戦後初めて国際社会共通の物差しを世界に浸透させるルールメイキングに成功した「自由で開かれたインド太平洋戦略(FOIP)」とリンクすることで実効性を担保し、極めて大きな効果が期待できます。

FOIPは2012年の第2次安倍政権発足直後、首相名で発表された英文の論文「アジア民主主義防護のダイアモンド」構想が最初でした。中国の台頭に対抗することを念頭に置いて、インド、ASEAN、オーストラリア、アメリカ、それにイギリス、フランスまでが加わる日本発の安全保障構想です。

すでにアメリカはこの構想に基づいて、ハワイに本拠を多く太平洋軍の名称を「インド太平洋軍」と改称し、インド軍、自衛隊、オーストラリア軍などが加わる軍事訓練を重ねています。

これらのことから、ジョンソン首相は「第二次日英同盟」にしばしば言及しており、2018年10月には日本がUKUSA協定国(ファイブアイズとも呼称されている)で行われる多国間机上演習に招待され、防衛省から5名が参加しています。

このUKUSA協定はもともと第二次大戦中にドイツのエニグマ暗号を米英共同で解読したのが始まりで、戦後戦略上最も重要な秘密情報を共有するため、かつてイギリスの植民地であった国々が参加。参加国はイギリスの他アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの5ヵ国。このことから「ファイブアイズ」とも呼ばれています。

いずれにしろ、高度な情報コミュニティであり、英語圏以外で演習に招待されることは極めてまれで、2016年のドイツ、フランスしかありません。これへの参加は安全保障とステータスの向上という観点から見ると、日本にとって魅力的であり、高度な安全保障システムに参加可能な日英同盟に近づくステップにもなりうるのです。

「グローバル・ブリテン」構想のもう一つの柱は、イギリスが経済的な自由を取り戻し、世界的な展開を推進することです。ブレグジット後はEU以外の国・地域との貿易関係の強化が急務となります。そのため、イギリス政府は2018年7月からアメリカ、ニュージーランド、オーストラリアとのFTA(自由貿易協定)協議に加え、アメリカが抜けた後、日本が主導的にまとめ上げたTPP(環太平洋パートナーシップ)11への参加に前向きな姿勢を示しています。

イギリスの経済紙フィナンシャル・タイムズ(FT紙)が2018年10月31日、アメリカが関税障壁を引き上げたり、中国との貿易戦争を続けている状況と対比し、TPP11の発効は自由貿易の類まれなる勝利だと評価。また、FT紙は10月8日付の記事で安倍晋三首相へのインタビューを掲載。安倍首相がイギリスのTPP11参加を「もろ手を挙げて歓迎」し、TPP11のさらなる拡大に意欲的なことを紹介。TPP11が「グローバル・ブリテン」の経済面での重要な位置づけとなることを表明しました。

イギリスとしても世界で最も繁栄している環太平洋地域の経済活動に参加して、ブレグジット後の活路を見出そうとしていると思われます。ブレグジット後のイギリスにとって日本の存在価値は高いと言えますし、日本にとっても世界の安全保障と経済に深くコミットする道筋となることでさらなる飛躍のチャンスでもあるのです。

――松本氏は、紛争地帯や北方領土など日本人がなかなか足を踏み入れられない場所への取材経験が豊富なジャーナリストでもあり、国際関係のアナリストでもあります。環太平洋地域の安全保障へのイギリスの役割については、近刊でも紹介されていますので、2020年以降の日本を取り巻く国際情勢を読み解くうえで参考にしてみてはいかがでしょうか。

松本利秋

ウェッジ
2020年1月31日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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