喫煙も食べすぎも「ストレスになる」くらいなら我慢しない?――誤解だらけの「健康とストレス」の話

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写真はイメージ(AntonioGuillem / iStock / Getty Images Plus)

現代人は多くのストレスにさらされている。「ストレス解消」方法の一つとして、おいしいものをたくさん食べたり、お酒をたしなんだりする人も少なくないだろう。しかし、それらも度が過ぎてしまっては健康を害してしまうと、誰しもわかっている。わかっていてもなかなか節制できないのが人のサガ……。20年以上食生活ジャーナリストとして活躍する佐藤達夫氏の著書『外食もお酒もやめたくない人の「せめてこれだけ」食事術』では、ハードルの低い実践可能な食事術について書いている。今回はその佐藤氏に、「ストレスと健康」をテーマに語っていただいた。

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ストレスは健康障害の原因

「健康で長生きしたいので」「家族や社会に迷惑をかけないように」「豊かで楽しい人生を送るために」等々、さまざまな理由から、食習慣や運動習慣に気をつけている人が多い。ただ、わかってはいても、いったん身についた生活習慣を変更することはなかなか容易ではない。とりわけビジネスパーソンは、公私ともに多忙であるために、「今はそれどころではない」と思っている人も少なくないだろう。

健康は目的ではなく手段なので、「食生活改善が最優先!」というわけでは、もちろん、ない。しかし、わかっていること(食生活を改善すれば健康になる可能性が高まる)を実行しないで、生活習慣病に罹患し、仕事や趣味に支障をきたすようになるのはスマートなビジネスパーソンのやることではない。しかも、その行動が「非科学的な理由」に基づいているのであれば、なおさらである。

少なからぬ人が勘違いしている理由に「ストレス」がある。ストレスは、多くの疾病や健康上の不具合に多大な影響を及ぼしていることは、疑いようのない事実である。ただし、ストレスがどのような疾病にどの程度の悪影響を及ぼしているかは、明確にわかってはいない。それゆえに、誤った対応も生じているようだ。少なくとも「ストレスは万病の元」というように理解して、何でもかんでもストレスのせいにしてすむような状況ではない。

ストレスとストレッサーを区別しよう

まず、ストレスとはどういうものなのかを、冷静に確認しよう。まず大きな勘違いが1つある。それは「ストレス」という言葉の定義だ。

大多数の人は「自分に降りかかってくる不快なモノ・コト」をストレスと呼んでいる。たとえば、「会社の上司からたびたび受ける細かな指示」あるいは「妻(や夫)から毎日のように聞かされる愚痴」などを「ストレス」と考えているのではないだろうか。これは正確にいうと「ストレス」ではなく「ストレッサー」である。

その(外部から降りかかってくる)ストレッサーを(跳ね返すために)処理しようとする「体の反応」をストレスという。上司の小言や家族の愚痴はストレスではなくストレッサーである。

「精神的ストレス」はストレスのごく一部

このストレッサーは、一般的に4つに分類される。1:物理的ストレッサー、2:生物的ストレッサー。3:化学的ストレッサー。4:精神的ストレッサー。

物理的ストレッサーというのは、家の中を歩いていて足の小指を家具にぶつけてしまう、とか、急に冷たい水をかけられるなど。生物的ストレッサーというのは、ハチに刺されたりヘビに噛まれたりなど(ハチやヘビの毒が体内に入れば次の化学的ストレッサーも加わる)。化学的ストレッサーの代表は、タバコに含まれているニコチンやタールなど。そして精神的ストレッサーというのが、多くの人が普通に「ストレス」と呼んでいる上司の小言や家族の愚痴など。

ここまでくると、多くの人が「ストレス」だと認識しているものは「ストレッサーのごく一部」であることがわかるだろう。

生体の「反応」をストレスという

この4つのタイプのストレッサーに対して、生物の身体がなんとか対処しようとする「反応」をストレスという。ストレスは身体を正常にそして健康に保つために必要な生体反応である。ただし、ストレッサーが大きすぎたり、たびたびあったりして、身体反応がうまく対処できずに健康を害してしまうことも少なくない。これがストレス性の健康障害である。

生活習慣病にならないためとはいえ、「長い間実行してきた食習慣を変更する」ことも、精神的ストレッサーとなり得る。つまり、食習慣の改善がストレスの1つの要因であることは間違いないだろう。ただし、そのストレスによる健康障害が、好ましくない食習慣による健康障害よりも大きいとは限らない。むしろ逆で、生涯にわたって良好な健康状態を保つためには(多少のストレスはあるとしても)生活習慣を改善するほうがよいと考えられている。

喫煙こそ「重大なストレス」!

このことは「喫煙」と「禁煙によるストレス」とを比較するとより明確になるだろう。禁煙による精神的ストレスはとても大きい。近年では、禁煙は「依存症の治療」ととらえられているくらいなので、かなりのストレスになる。そのため、「禁煙はストレスになって健康に悪影響を与えるから、禁煙などしないほうがいい」という人があとを絶たない。「禁煙はストレス」であり「喫煙はノーストレス」というわけだ。

しかしここで冷静に考えてほしい。喫煙という行為は「精神的ストレッサー」はないかもしれないが、じつは、ニコチンやタールという重大な「化学的ストレッサー」にさらされることになるのだ。そしてそのストレスは、禁煙によるストレスよりもはるかに大きいと(現時点では)結論づけられている。

つまり、私たちの身体は、喫煙すると精神的ストレッサーはないかもしれないが、重大な化学的ストレッサーにさらされることになるのだ。

「自分の気に入らないことはしないほうがストレスの害にさらされない」「ストレスは万病の元」などと言って、禁煙もしなければ、食習慣の改善にも取り組みもしないことが健康長寿につながるというのは、非科学的な思考でしかない。何よりも、すべてをストレスのせいにしてしまうことにより、真の原因(ニコチンやタールの害、アルコールの害、太りすぎや痩せすぎの害、等々)から意識が離れてしまうこと(そしてその結果、生活習慣が改善されないこと)こそが、健康にとって最もよくないのだと認識しなくてはならない。

佐藤達夫(食生活ジャーナリスト)

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2020年2月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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