日本政治思想史の専門家がひもとく「地形」と「思想」の因果関係

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地形の思想史

『地形の思想史』

著者
原, 武史, 1962-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041080221
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

日本政治思想史の専門家が地形から探った政治思想の磁場

[レビュアー] 大竹昭子(作家)

 日本の政治思想史の専門家が、岬、峠、島、麓、湾、台、半島など地形的特徴を手がかりに、政治思想の磁場を足で歩いて探りだす。想像力が飛躍し、時間軸に沿えば出会うはずのないものが浮き彫りにもなる。

 地元の人に「プリンス岬」の名で親しまれる浜名湖の小さな半島には、現上皇夫妻、明仁と美智子の一家が夏に訪れた家があった。皇室では子育ては乳母に任され、親子は別々に暮らす習慣だったが、戦後の核家族化でそれが改められ、場所も民間の保養所が選ばれた。岬の突端という閉じられた空間ゆえに、家族水いらずで過ごすにはぴったりだったのである。

 きらきらした印象のプリンス岬とは対照的に、鹿児島の大隅半島の旅は索莫としている。反対側には薩摩半島があり、どちらも戦中に沖縄特攻作戦の最前線基地となったが、薩摩半島からは現在その面影が払拭されているのに対し、交通の便のよくない大隅半島にはまだ色濃く残っている。特攻隊が出撃した鹿屋航空基地が、戦後米軍の駐留を経て海上自衛隊の所有になり、戦前の歴史が連続したのだ。それが女性市議が出にくい封建的な政治風土に影響したと著者は指摘する。向かい合う半島の明暗が興味深い。

「峠」には東京人が遠足やハイキングで馴染んでいる地名が登場する。東京では明治から戦後にかけて西に行くほど地形の険しさに比例して思想の磁場が急進化した。自由民権運動の中心地の五日市、日本共産党が山村工作隊を送り込んだ小河内、赤軍派が軍事訓練を行った大菩薩峠など、街道や林道を行くしかない辺境の地に刻まれた政治の裏面史に瞠目させられた。

 改めて、人の営みはすべて地形の上で展開されていることを思い知った。日本のように起伏に富んだ国土では特に地形との関係は深く、歴史の地層をめくっていくと思いがけない事実に遭遇して唖然とさせられる。

新潮社 週刊新潮
2020年2月13日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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