香港危機の深層 倉田徹(とおる)、倉田明子編

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

香港危機の深層

『香港危機の深層』

著者
倉田徹 [編]/倉田明子 [編]
出版社
東京外国語大学出版会
ISBN
9784904575796
発売日
2019/12/27
価格
1,760円(税込)

香港危機の深層 倉田徹(とおる)、倉田明子編

[レビュアー] 麻生晴一郎(ルポライター)

◆混迷の情勢 幅広い視点で迫る

 昨年六月に大規模な市民デモが起きて以来、香港では不安定な情勢が続いている。本書が言うように、この不安定さは香港という国際都市の持つ独自性が中国の介入で脅かされ、香港統治の基本原則である一国二制度が通用しない時代になったことによると言える。だとすれば、かなりの長期間、今の不安定な状態が続くことを予感させる。

 デモの発端は、刑事事件の容疑者が中国に引き渡されることが可能になる逃亡犯条例改正案だった。これは一般市民に密接に関わる問題とは考えにくい。では、それがなぜ百万人以上のデモを起こしたのか? 本書は英国統治時代からの香港の歴史や香港市民の思い、それにインターネットがデモに果たした役割や台湾との関係など、幅広い視点から今の香港に迫っている。

 本書を通じてあらためて思ったのは、香港政府のバックにいる中国政府の現状誤認が今の状況を招いたことだ。中国政府は香港と中国を結ぶ高速鉄道の建設など中国と香港の経済融合を進め、他方で香港の言論・集会の自由に介入するなど、頭ごなしに香港の直接統治に乗り出している。このように経済を頼みに規制強化などで独裁体制に取り込むのは、一九八九年の天安門事件以降、中国政府が国内で進めた中国式の統治を香港に押し付けたにほかならない。今回のデモはそれに対する「NO!」の声であり、中国が介入すればするほど、かえって香港市民の支持が得られなくなるだけなのだ。

 事態を打開するには結局、中国が変わるしかないのではないか。本書を読む限り、中国への排他的感情も多分に感じられる香港デモの声に、多くの中国国民が共鳴することは考えにくい。しかし、中国に属しつつ高度な自治を求めることは、本来ならば中国の各地方が特色を生かして発展する上でも大きな示唆を持つはずだし、二〇一四年の雨傘デモの時は中国国内にも大勢の支持者がいた。いずれ香港市民の声に耳を傾ける中国人が出てきて、その先にこそ香港の危機の根本的な解決があるようにも思うのである。

(東京外国語大学出版会・1760円)

倉田徹 立教大教授。

倉田明子 東京外国語大准教授。

◆もう1冊 

周保松(しゅうほしょう)、倉田徹、石井知章(ともあき)著『香港雨傘運動と市民的不服従』(社会評論社)

中日新聞 東京新聞
2020年2月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク