変転する物語、変わっている野崎まど『[映]アムリタ 新装版』

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

[映]アムリタ 新装版

『[映]アムリタ 新装版』

著者
野崎 まど [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784049128161
発売日
2019/09/25
価格
671円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

変転する物語、変わっている野崎まど『[映]アムリタ 新装版』

[レビュアー] 井上伸一郎(株式会社KADOKAWA 代表取締役副社長)

 野崎まど(※崎は正しくは「たちさき」 以下同)さんという、才能溢れる作家の存在を知ったのは、知人から「know」という面白い小説がある、と教えてもらったことがきっかけだった。
 2013年頃のことだったと思う。当時、KADOKAWAはまだワンカンパニーにはなっておらず、角川書店やアスキー・メディアワークスなど複数の出版社がグループ内に独立性を持って存在していた。私は角川書店の社長をつとめていたが、不覚にもメディアワークス文庫でデビューした野崎さんの存在を見逃していたのだ。
「know」は評判通り面白かった。ハヤカワ文庫から刊行されたが、いつかは野崎さんにKADOKAWAで新作を書いて欲しいと願うようになった。
 その後、野崎さんはSFファンに支持されたテレビアニメ「正解するカド」の脚本家として大いに名をあげることとなる。
 そして2019年のとある日、友人のアニメ監督・伊藤智彦さんと食事をしていたら、オリジナルの新作劇場アニメを作る、原作は野崎まどさんだ、と言う。
 またしても私の前に野崎さんの名前が現れた。きっとご縁があるにちがいない。なんとか会える方法はないものか――。
 と思っていたら、年末の電撃大賞贈呈式で、メディアワークス文庫の担当者からご本人を紹介された。あまりにあっけなく夢が実現したので腰が砕けそうになった。
 聞けば、しばらくKADOKAWAでの刊行がなかったが、このたびデビュー当時の作品を加筆修正して刊行しなおすのだという。嬉しいサプライズだ。
 数分間立ち話をして別れたのだが、後日担当編集者から、刊行される「 [映]アムリタ 新装版」の書評を私に書いて欲しいとの依頼がきて、二度驚いた。一度しか会っていない私に書評を頼むなんて、野崎さんは相当変わった人だ、と思った。
 出版社の経営者が自社の刊行物の書評を書くのは厚かましい行為であると重々自覚しているが、作家からの依頼では仕方がない。したがって読者のみなさまには、私が厚かましいのではなく、野崎さんが変わっているのだ、と認識していただきたい。
 さて「[映]アムリタ」について語ろう。
 芸大の役者コースに所属する二見遭一(ふたみあいいち)は、映画学科の画素(かくす)はこびから、彼女が撮影する自主映画への出演を依頼される。憧れの同級生からの依頼を二つ返事で引き受けた二見だったが、監督は画素ではなく、後輩の一年生、天才と名高い美少女・最原最早(さいはらもはや)だった。自主製作映画一本で入学を許されたという天才監督。最早の描いた絵コンテを56時間も読みふけり意識を無くす体験をした二見は、同様の体験をしたというメーンスタッフたちと映画作りに参加する。撮影をとおして最早の天才ぶりを身をもって知るスタッフたち。
 その過程で、最早のかつての恋人、男子学生・定本(さだもと)が事故で死んでいることを二見は知る。定本は、自分と同じように最早の映画の主演をつとめた人物だった。
 まさか定本を殺したのは最早? 自分もまた定本のように殺されるのか?

野崎まど『[映]アムリタ 新装版』
野崎まど『[映]アムリタ 新装版』

 かなりつっこんであらすじを書いたように見えるかもしれない。しかしここまでのパートは、この物語のほんの序章に過ぎないのだ。
 読者は、鋭いボケを連発しつつ二見のつっこみを誘発するヒロイン最早を最初は変人として認識し、徐々にその可愛さの虜になってゆく。主人公の二見と同じように。
 そして物語は思いもかけなかった展開をみせてゆく。
 ここから後は、もうみなさんに実際に読んでいただくしかない。
 青春小説と思って読み始めると、ミステリテイストに。ミステリかと思うとまた別の顔を見せる物語。
 野崎作品の魅力を味わうなら、まずデビュー作であるこの小説から入るとよい。
 野崎さんの小説は、つねに価値観が変転する。主人公にとっても、読者にとっても。
 いま見ている世界の後ろにもう一つの世界があったら?
 信じていた人がまったく別の顔を持っていたら?
 野崎さんの「世界」に対する「疑いの目」は重層的で、読者は読み進むうちに底なし沼にはまり込んだような感覚に陥る。
 しかもこの底なし沼は妙に心地よい空間なのだ。
 野崎作品を楽しく味わいたいのなら、変転の心地よさ、あるいは強引さに身を任せて、読者は物語の渦に飛び込んでしまえばいいのだ。

「とらえどころのない書評だなあ」と思ったそこのあなた。
 青春小説でありミステリであり、もしかしたらSFなの?ファンタシーなの?どれかはっきり決めてくれないと読む気にならないよなんていう人は野崎作品を楽しめないかもしれない。
「すべて物語に身をまかせよう」それでいいのだ。
 ついでに、野崎さんが描く(つねに相手のつっこみを誘っている)ファム・ファタールたちがひどく魅力的だということも付け加えておこう。
 私にとってはそれだけでもおつりがくる。

▼野崎まど『[映]アムリタ 新装版』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321906000220/

KADOKAWA カドブン
2020年2月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク