愛と性行為はひと続きか――女性の視点で可視化した性愛の非対称性

レビュー

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犬のかたちをしているもの

『犬のかたちをしているもの』

著者
高瀬, 隼子, 1988-
出版社
集英社
ISBN
9784087716962
価格
1,540円(税込)

書籍情報:openBD

愛と性行為はひと続きか――女性の視点で可視化した性愛の非対称性

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 立ち止まって愛について考える。

 第四十三回すばる文学賞を獲得した高瀬隼子(じゅんこ)のデビュー作、『犬のかたちをしているもの』は、セックスを軸とした興味深い小説だ。

 三十歳の間橋薫(まばしかおる)は、ある日思いがけないことを知らされる。半同棲状態の恋人、田中郁也(いくや)がミナシロさんという女性を妊娠させていたのだ。戸惑う薫に、さらに意外な提案が示された。ミナシロさんは郁也の籍に入って子供を産む。しかるべき後に離婚するので、あとは薫と郁也の二人で育ててもらいたいというのだ。

 二十一歳のときに卵巣の手術をして以来、薫はもともと好きではなかった性行為をさらに敬遠するようになった。郁也と付き合い始めたときも、そのうちにセックスをしなくなると宣言したのである。薫が好きだから大丈夫。そう言ったはずの恋人は、ミナシロさんと、金を払って体の関係を持っていた。その事実をどう受け止めるべきなのか。

 性愛にはさまざまな形があるという認識が現代では広まりつつある。だが本書はもう一歩踏み込み、人を愛することと性行為とを一続きに考えるのは本当に普通なのか、という問いを投げかけてくる。

 薫には無条件で愛情の対象にできる存在がいた。亡くなった愛犬のロクジロウだ。その気持ちは何の見返りも求めないもので、「ロクジロウがしっぽを地につけて、体の力を抜いてくつろいでくれていれば、それでいい」と、ただ犬の幸せだけを願うことができた。ではなぜ人を愛するときには、セックスという代償が求められるのか。

 さまざまに乱れる薫の思いを追いながら話は進行していく。背景には、異性間の性行為において女性のみが妊娠というリスクを引き受けなければならないという非対称性がある。女性を取り巻く不自由さの輪郭が可視化される小説でもあるのだ。ただ当たり前に人を愛したいだけなのに、という薫の呟きが聞こえてくる。

新潮社 週刊新潮
2020年3月12日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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