七面鳥――『女神のサラダ』著者新刊エッセイ 瀧羽麻子

エッセイ

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女神のサラダ

『女神のサラダ』

著者
瀧羽, 麻子
出版社
光文社
ISBN
9784334913397
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

七面鳥

[レビュアー] 瀧羽麻子(作家)

 生まれてはじめて七面鳥を見た。

 いや、正しくは、はじめてではない。こんがりと焼きあげられ、おなかを上にして大きな皿に盛られているところは、何度も見たことがある。子どもの頃、まるごと一羽のローストターキーは、クリスマスのごちそうの主役だった。

 生きている七面鳥を、わたしははじめて見たのだった。

 生きている七面鳥は、大変迫力があった。想像以上にどっしりと立派な体つきで、特にオスは、青みがかった黒い羽がつややかで美しい。鋭い眼光にも、とがった嘴(くちばし)にも、独特の風格がある。貫禄たっぷりのたたずまいながら、ひょこひょことお尻を振って歩く様にはどこか愛嬌もあって、眺めていると、なんだかたのしい気持ちになってくる。

 しかも、彼らは働き者だ。

「うちの従業員です」

 と、農家の方は紹介して下さった。農業にまつわる連作短編を執筆することになり、取材におじゃましたのだ。ビニールハウスの中に放し飼いされた七面鳥たちは、毎日伸びる雑草をせっせと食べてくれるという。除草剤を使わない無農薬栽培の、頼もしい助っ人なのである。

 威厳を備えつつユーモラスな一面も持ちあわせ、かつ仕事熱心で有能――こんな上司がいたら最高だと思う。

「あの、じゃあ、毎年クリスマスになったら一羽減るなんてことは……」

 デリケートな質問だとわかっていたけれど、どうしても気になって、失礼を承知で聞いてみた。

「ありません」

 きっぱりと否定され、愚問を恥じた。

 今日も、勤勉な彼らはハウスの中を闊歩(かっぽ)して、業務に励んでいるはずだ。その姿を思い出すたび、わたしはやっぱり、なんだかたのしい気持ちになってくる。

光文社 小説宝石
2020年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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