山岳捜査 = Mountain Investigation

『山岳捜査 = Mountain Investigation』

著者
笹本, 稜平, 1951-2021
出版社
小学館
ISBN
9784093865685
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

山岳捜査 笹本稜平著

[レビュアー] 笹倉孝昭(山岳ガイド)

◆臨場感たっぷりの謎解き

 リアルな描写の山岳小説、エンディングまで謎解きの楽しみを味わえる推理小説、そして組織の課題や人間関係などを描いた警察小説。本書は、一般的には切り分けられるであろうカテゴリーの枠を超越した作品だった。

 長野県警山岳遭難救助隊の隊員が休暇を利用して残雪期の鹿島槍(かしまやり)ケ岳(たけ)北壁に登る途中、はるか下の雪渓に不審なテントと登山者を見かけるところから物語は始まる。作者は山岳、推理、警察といった幅広い分野の知識を持ちながら、それらを巧(うま)く抑制して取り込み、物語の勢いを落とすことなく活用しているのは見事だ。その抑制の効いた知識の披露は作品の魅力のひとつでもあるし、エンターテインメント作品としての完成度を高める要因になっている。

 例えば、作中で紹介されている国内の氷河という情報は比較的新しい知見だ。二〇一二年に富山県立山連峰にある御前沢(ごぜんざわ)雪渓などが氷河として認められたのを皮切りに、物語の舞台となるカクネ里雪渓は二〇一八年に氷河であることが確認されている。これに関連する学術調査の記述や山岳登攀(とうはん)シーン、ヘリコプターによる救助シーンの描写などは、若干違和感のある部分もなくはないが、経験豊富な登山家にとっても読み応えのある充実したものだ。そうでありながら技術のディテールにこだわりすぎることなくストーリーが展開されるので、その分野の知識がなくても抵抗なく読み進められる。

 また、コンピューターやスマートフォンといった情報技術や製品の機能、セキュリティーについても現実世界で起きていることが反映されている。iPhone(アイフォーン)の認証機能に伴うFBI(米連邦捜査局)とアップルのやりとりなど、多くの人がニュースを介して知っている事実が作品世界という虚像に違和感なく組み込まれているので、読者の臨場感はおのずと高まる。

 カテゴリーを超えた作品だが、主な舞台が山岳地帯で、登山行動の描写も多い。地形図とコンパスを傍らに置いて読んでいくのも楽しみ方のひとつかもしれない。

(小学館・1870円)

1951年生まれ。作家。著書『太平洋の薔薇(ばら)』『K2 復活のソロ』など。

◆もう1冊 

笹本稜平著『春を背負って』(文春文庫)。山小屋が舞台の短編小説集。

中日新聞 東京新聞
2020年3月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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