60代男性が定年後に迷惑がられるのはなぜか? コロナ禍を機に考える「定年後の居場所」

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地域や家庭で「会社の常識」がまったく通じない

 中堅ゼネコン会社の開発事業部で部長を務めていた重治さん(61歳・仮名)は、現役時は激務ながらも仕事が好きで、取引先との接待も楽しむ毎日でした。頑固でボス肌だったため、部下が非効率なことをすると怒鳴りつけることもありましたが、部下のことを本当の弟や息子のようにも思っていて、休日にゴルフや釣りに誘うこともありました。そんな重治さんに定年退職の日が訪れます。送別会で重治さんは感極まって涙を流し、部下のなかにはもらい泣きする者もいたようです。

 定年退職後、重治さんは再就職をせずに、地域の活動に参加するようになりました。ところが、積極的に動いたり、意見を出したりしていたのですが、なんだか周りが自分を迷惑がっているように見受けられ、居心地の悪さを感じるようになったのです。どうやら、重治さんが、他の参加者が非効率なことばかりしているとイライラして声を荒げたりしていたのが原因のようで、家庭でも同様に、家族がダラダラしていると怒鳴ってしまうことがあったようです。そんな重治さんは、最近では再就職しなかった自分を後悔するようになりました。

 重治さんの場合、定年後のいまはともかく、現役時代は大成功だったといってもいいでしょう。激務でも仕事の効率化を追求し、楽しむことができたのですから幸せです。それは送別会で重治さんが感涙し、もらい泣きした部下がいたことからもあきらかです。社風もしくは「会社の常識」が重治さんに合った会社で働けたことが、かなり大きかったと思います。

 ただ、部下全員が重治さんのことを好意的に見ていたわけではないかもしれません。部下のためだとしても、怒鳴られるのがイヤだった部下もいたはずです。頑固でボス肌の上司ということだけで、受け付けない部下もいたかもしれません。プライベートを共にした部下のなかにも、重治さんが自分の出世を左右する上司だから参加した人もいたでしょう。

 意地の悪い見方かもしれませんが、これらの部下は重治さんが当たり前のように「会社の常識」としていたことに従うしかなかった可能性があります。そのため重治さんのように幸せな会社員人生を送れた人でも、定年後は「会社の常識」が通用せず、戸惑う人は少なくはありません。これは「会社の常識は世間の非常識」なところもあるからです。

 重治さんの場合、地域の活動や家族との関係がうまくいっていませんが、これらの人間関係で会社員時代と同じように効率化ばかり追求してしまうと、周りの人が楽しめないこともあるでしょう。これでは本末転倒になってしまいます。定年退職した重治さんはだれの上司でもないのです。このことに気づかなければ、定年後は戸惑うことばかりです。

 こういうことを言うと、「会社の常識は世間でも通用する」という反論も出るでしょうが、もちろん通用するところもありますが、定年後、会社は関係ありません。会社でのやり方が合わないことのほうが多いと思っておいたほうがいいでしょう。地域の活動だけでなく家族でも、まずはそこで求められる心地よさはなにかを考えてみるといいでしょう。

「会社の常識」だけが判断基準ではない

 重治さんは再就職して、ほかの会社の社風も感じてみるといいでしょう。いい勉強になるはずです。再就職でなくともアルバイトでもかまいません。定年前よりは時間に余裕があるので勤務先に慣れてきたら、あらためて地域の活動に参加してみるといいでしょう。以前よりも協調性の重要さがわかると思います。家族との関係もよくなるでしょう。

 重治さんのように会社人間だった人は、判断基準のすべてが「会社の常識」なところがあります。ところが、会社のなかでのことは世間に比べると極めて小さなことで、「会社の常識」が世間で通用しないことがあっても、なんら不思議ではありません。

 私の知り合いに金融会社に勤めていた優秀な人がいましたが、激務だったため手段を選ばず仕事で結果を出すことばかり考えて性格が歪んでしまいました。まるでカルト教団の信者みたいになってしまったのです。

 それでも専門家としてラジオに出演したり、海外に転勤したりと活躍していたのですが、定年後は独身ということもあって、実家に戻って介護士として働きだしました。50代後半から「会社の常識」に大きな疑問をもつようになったため介護士になったとのことですが、久しぶりに会うと穏やかな性格になっていて驚きました。これは極端な例ですが、重治さんも再び働くことが定年後を充実させるカギとなるのではないでしょうか。

 重治さんの事例はほんの一例に過ぎませんが、最近は環境変化に戸惑っている定年男性からの相談を数多く受けるようになりました。50代の人たちは、いまのうちからこういう事例を知り、自分の近未来の姿に重ね合わせて考えておくことが大切なのは言うまでもありません。そして、50代を定年へ向けたシフト期間と位置付けることで、早めに準備さえしておけば、定年後をそれほど恐れることはないと思います。コロナ禍で自宅にいる時間の増えた方は、ぜひ考えてみるのはいかがでしょうか。

――高田氏は脳科学・心の問題の専門家として知られ、自身もうつやHSP(敏感な気質)に悩まされ、最近はその分野での著作が注目されています。最新刊のなかでは、男性が定年を機に陥りやすい事例を紹介し、専門家の立場で前向きにアドバイスしています。50代の人が「定年後の自分」を早くから育てる必要性を感じるうえでも、ぜひ参考にしてみてはいかがでしょうか。

高田明和(医学博士)

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2020年4月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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