『よそ者たちの愛』
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よそ者たちの愛 テレツィア・モーラ著
[レビュアー] 師岡カリーマ(文筆家)
◆面倒だけど目が離せない面々
まず訳者に称賛を送りたい。翻訳ものだと忘れさせる軽快な文体に加え、主人公たちを突き放すようで慈しむような、微妙な距離感で浮遊する筆致が(それがこの短編集の原作の持ち味でもあるのだろう)見事だ。一貫して太陽を「お陽(ひ)さま」と訳すことにこだわった真意など、裏話を聞いたら面白いに違いない。
その主人公たちだが、「よそ者」とはいっても日陰の悲恋物語というわけではないので身構える必要はない。社会から疎外されたというよりはむしろ、自らが多数派の価値観やペースに馴染(なじ)めなかったり、お仕着せの幸せを放棄していたりするほかは、ごく普通の人々だ。他人に頼ってばかりで迷惑をかけることに無頓着だったり、ぼんぼんで法律家のくせに税金を滞納したり、断酒中のはずなのに泥酔しようとして大量吐血したり、精神的DVスレスレの夫に「捨てられたら生きていけない」と怯(おび)えていたりと、はたから見ると「しょうがないなぁ」と呆(あき)れられそうな、いわば「面倒な」人たち。かと思うと、一度はつまずいても、人生を立て直そうとあぶなっかしげに奮闘する者もいる。それぞれが、それなりにちゃんと輝いている。その弱さを超えて、その弱さゆえに。それは私たちの弱さでもあるから、私たちは文学に救われる。
登場人物によっては「こんな人のこんな思考に付き合わされる義理があるの」と読者の忍耐を試すようなくだりもある。でも共感は求めない。そして、ここが本作の面白いところなのだが、ある瞬間を境に、俄然(がぜん)目が離せなくなるのである。現実もそうではないか。「つまらない奴(やつ)」の身の上話が実は面白かったり、「いいかげんな人」とこちらはキレそうになっても本人は一生懸命だったり。それが分かる瞬間の愛(いと)おしさがさりげなく詰まった一冊だ。
自己嫌悪の真っただ中にいる、または人生に嫌気が差したという人は、本書の流儀に倣い、自分を主人公にして短編を書いてはどうだろう。きっと自分が好きになり、誰が何と言おうと自分なりに生きていく気力が湧くだろう。
(鈴木仁ひと子こ訳、白水社・3190円)
1971年、ハンガリー生まれ。ドイツに移住し作家に。ビューヒナー賞など受賞。
◆もう1冊
ヴィルヘルム・ゲナツィーノ著『そんな日の雨傘に』(白水社)。鈴木仁子訳。