“おっぱい”って何だ――『おっぱい先生』著者新刊エッセイ 泉ゆたか

エッセイ

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おっぱい先生

『おっぱい先生』

著者
泉ゆたか [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334913465
発売日
2020/05/21
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

“おっぱい”って何だ

[レビュアー] 泉ゆたか(作家)

 若い頃、自分の“おっぱい”はセクシュアルな存在だった。

 おっぱいが大きくてウエストと手足が細くて、若くて可愛くて愛想の良い女の子。そんなアニメのキャラクターのような姿が求められているのだと感じていた。

 巨乳、貧乳なんて言葉を気軽に使い、胸の形を綺麗に見せるというブラジャーがとても素敵なものに思えた。

 就職活動や目上の人と会うときなど、少しでも賢そうに見せたいときには極力胸元が目立たないように心掛け、友達と海に遊びに行くときは、水着の裏にこっそり分厚いパッドを仕込んだりもした。

 そんな“おっぱい”の意味は、妊娠出産を機にまったく別のものに変わった。

 産婦人科で聞く“おっぱい”という言葉に、当然ながらセクシュアルな響きは微塵(みじん)もない。

 母親になったその日から、おっぱいは赤ちゃんを育てるために母乳を出すだけの存在になった。

 自分の身体の一部なのに、決して思いどおりにはならない。三十年近く生きてきて初めて出会う、さっぱり扱い方のわからない器官だ。

 新米の母親は睡眠不足で倒れそうな身を奮い立たせ、髪を振り乱しておっぱいを丸出しにして、ただ孤軍奮闘するしかない。

『おっぱい先生』は、変化に戸惑う女性たちと、彼女たちを救う助産師の“おっぱい先生”を描いた作品だ。

 身体と心に大きな変化が訪れるとき、すべての人は戸惑い立ち止まる。

「無理です。ひとりでなんてできません」

 そんなふうに開き直ることができるなら。誰かに助けを求めることができるなら。人はどんな困難でも必ず乗り越えられるものだと信じている。

光文社 小説宝石
2020年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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