作家と編集者の物語に涙する『食っちゃ寝て書いて』。これは作家が一生に一度しか書けない作品だ!

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食っちゃ寝て書いて = EAT.SLEEP.WRITE.

『食っちゃ寝て書いて = EAT.SLEEP.WRITE.』

著者
小野寺, 史宜
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041092057
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

作家と編集者の物語に涙する『食っちゃ寝て書いて』。これは作家が一生に一度しか書けない作品だ!

[レビュアー] 杉江由次(本の雑誌社)

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(評者:杉江 由次 / 本の雑誌社)

 小野寺史宜が出版業界をテーマにした小説を書いた。いつか書いてくれるんじゃないかと期待していた反面、書いてしまって大丈夫なのかと不安も抱いた。正直言えば、不安の方が大きかった。

 なぜならこれまで多くの作家が身近な世界である出版業界をテーマに小説を書いてきたのだが、その現場で働いている私からすると、たいていどこかしらに物足りなさや失望を感じてしまっていたからだ。だから小野寺史宜が作家と編集者を材にした小説を書いたと聞いて、不安を抱き、そして怖かった。大好きな小野寺史宜の作品を読んで残念な気持ちになりたくないと。

 そんな不安はすぐさまぶっ飛んだ。なにせ交互に語られる片方の主人公が横尾成吾なのである。作家の横尾成吾だ。小野寺史宜のファンならばピンとくるだろう。あの作品のあそこで出てきた名前だ。このようにして登場人物や街やお店やアパートがやんわりとクロスオーバーしていくのが小野寺史宜の魅力のひとつである。

 ああ、いつもの小野寺史宜だと安心した。だが、しかし、もう少し読み進むとこれまでの小野寺史宜の作品とは違うのだ。いや一緒だ。いや違う。何を言ってるんだ私は。

 でもやはりどこかが違う。何かをさらけ出している。『ひと』でホップし、その後『ライフ』『縁』『まち』とコンスタントに傑作を披露しステップしてきた小野寺史宜が、もう一段、さらにジャンプした感じだ。読者としてどこかで期待していた作家の挑戦が、『食っちゃ寝て書いて』にはある。だから驚いたのだ。これが小野寺史宜の作品なのかと。

 ではいったい何にそんなに驚いているのかというと主人公である作家の横尾成吾が、小野寺史宜そのもののようなのである。毎日簡単な食事を繰り返し、ミニマリストかのように物を持たず、散歩をして、ただただストイックなまでに小説と向き合う。ページをめくればめくるほど、その驚きは増していく。ストーリーとは関係なくもドキドキしながら読んだ。ワクワクしながら読んだ。カッチョいい。かっこいいよ、小野寺史宜。いや小野寺史宜じゃないかもしれない主人公の横尾成吾、だ。

 自分のこと、あるいは自伝的なこと、そういったものはときに安易にみえる。実際に安易だったりもする。しかしこの『食っちゃ寝て書いて』はそんなものではない。作家が一生に一度しか書けない作品だ。作家が覚悟を決めてさらけ出した物語だ。

 かといって力が入っているわけではない。いやその表現では誤解が生まれる。力は入っているけれど、力んではいないのだ。豪速球でありながら、モーションに負担がない。軽い球を放るような身のこなしなのに、気がついたらキャッチャーミットにボールがおさまっていた、そんな感じだ。

 だから安心していい。ここにあるのは間違いなく小野寺史宜の小説だ。その手の小説にありがちな暑苦しさなんてほとんどない。夢はあるが、夢物語でもない。我々と一緒で、ときに流され、ときにあきらめて暮らす人たちが描かれているのだ。

 気づいたら涙があふれていた。作家と編集者の話かもしれないが、彼らも生きているのだ。生きているということは人生がある。出会いがあり、別れがあり、悩みがあり、葛藤があり、恨みもあれば、思いやりもある。読者である私たちと同じ人生だ。その人生が優しく迫ってくる。

 流されるように生きている日々。何かをあきらめていることにすら気付かない毎日。そんな人生を変える第一歩が、スーパーで最安値で売っている豆腐の容器のクレームなのだ。最高だ。そんなもんだ人生は。そんなもんで変わっていくのが人生なのだ。読んでみてのお楽しみとしか言えない。読んでみてほしい。読んでみてください。小野寺史宜の無理ないフォームから繰り出された豪速球の小説を。ちょっとだけ手元で変化したりして。

作家と編集者の物語に涙する『食っちゃ寝て書いて』。これは作家が一生に一度し...
作家と編集者の物語に涙する『食っちゃ寝て書いて』。これは作家が一生に一度し…

▼小野寺史宜『食っちゃ寝て書いて』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321911000249/

KADOKAWA カドブン
2020年6月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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