(トランスジェンダー)女性が綴った葛藤「男でも女でもなく、社会問題化した“LGBTQ”でもなく、“わたし”として生きる自由を」

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生きていることはプロセスだ

 タイの小説家ウティット・へーマムーンの長編小説『プラータナー:憑依のポートレート』をもとに、チェルフィッチュの岡田利規が上演台本を作成し、演出した演劇作品をわたしは2019年7月の東京で観た。出演者はタイ人で、タイ語で上演されていた。性と政治をめぐるこの作品に、わたしは日本で見てきたいくつもの光景を重ね合わせた。政治的抑圧、デモ、文学や美術や音楽についての語り合い、その解釈の対立、アダルトビデオ、欧米の映画のソフト。ガジュマルの木が深く垂れ込め、鬱蒼とする庭で、色んな鳥や虫や、こうもりの鳴き声を聞いたバンコクのある夜の記憶が、物語と絡み合ってわたしの中で溶けていく。カトゥーイ、と呼ばれるタイのトランス女性の、セックスワーカーが登場するシーンもあって身近に感じたのかもしれない。と思ってから、トランスジェンダーという欧米的な概念を内面化しているわたしと、タイ独自のカトゥーイという概念を同一視するのは、文化的な搾取かもしれないと考え直す。

 タイの、ここ30年ほどの政治の歴史が語られるそばで、俳優たちの身体が絡み合う。2人の場合、3人の場合もあれば、その周りで10人近くが時には身体をぶつけ合いながら回転し続ける様子もあった。肉の塊、と思った。ただの肉の塊なのに、ひとつひとつがかたちを持っていて、執着とか安心とかエロスとかしがらみが蠢いているように見える。向かって舞台の右袖で、強いライトの下で唇を貪りあう2人。男女だったかもしれないし、同性同士だったかもしれないし、どちらかはカトゥーイだったかもしれないし、あるいはただの人間同士だったかもしれない。

 そのパフォーマンスは、ジェンダーを移行しながら、セックスや自慰や、異性愛や同性愛というセクシュアリティを抱えた、恋人や友人といった人間関係の呼称と、生活と、苛烈な政治の歴史をひと続きに紡いでいた。俳優たちの身体は個人であり、政治そのものだった。プライベートな顔を持ったひとりひとりが、パブリックな空間を作っていた。ただ人間がそこに生きているということの驚きに、わたしは心揺さぶられた。

『プラータナー』でもカトゥーイは、セクシュアルな存在として描かれ、〈金縛りの霊〉とされる。舞台上にその役割を演じる俳優が生きているように、バンコクの夜のストリートに、あいまいな性を生きるカトゥーイはまちがいなく存在していた/いるはず。

 生きていること自体はプロセスだ。人は変わり続ける。ある人を「女性」とか「男性」とか、「シスジェンダー」とか「トランスジェンダー」とか属性に還元したり、「友人」とか「恋人」とか「親子」とか関係性に名前をつけるとわかったような気がするけれど、実態はひとつのかたちに閉じているわけじゃない。

 それでも「この身体」から離れられない。

 わたしは、ある日ネット上で内輪でシェアされた動画の中で見つけた、ガニ股で歩く自分を恥じた。でも、いつだって「女性らしく見える」なんてことを保つのは、誰にだって無理がある。毎日安定した振る舞いなんてできない。演劇にも、そういう不確実性がある。日々心境や体調や食べるものに変化があって、定まらない個人が、その生身の身体を使って「演じる」のだから誤差は当然生まれるはず。

 ひとりの人間のなかには複数の声や時間が流れていて、その単数が集まって協働で作られる、そういう演劇作品のなかに複数性が生まれる。個人の性の話題は政治や社会問題より下位なんかじゃなくて、両者は通じ合っている。「わたし」は、男でもあり得るし女でもあるかもしれないし、この時代に生きているけれどあの時代に生きる誰かと響き合う部分があるかもしれない。そう、わたしたちには、「今・ここの、この現実」とは違うかたちの“現実”があり得るのではないか。そういう希望を、見た。

 いっしょに作品を作るということは、自分の中にある言葉を探しながら、問いながら、他者である互いの身体や言動をすり合わせる、たゆみない応答の連続だと思う。2018年の秋、範宙遊泳の稽古場で、衣装として使ったわたしのプリーツスカートを指して、台詞のないシーンでもその襞の揺らぎが雄弁に心情を物語ってくれるとスタイリストが教えてくれて、わたしの想定を超える表現に結びついたように。今でもずっと話し合っている共演者、薄暗い第三楽屋にずっといっしょにいた共演者、仲間と呼べる信頼できる人たちがあのとき確かにいて、わたしの選択肢は2つに限定されていなかった。

「わたし」として生きる自由

 様々なアイディア、経験、未来への希望を内包する複数の身体が、パブリックな空間で共にプロセスを拾う時間が、創作や生きる道の可能性を広げていく。マイノリティとして、他者との適切な距離を意識するのが当たり前だったけど、そういう営みの価値を噛みしめる。そして、自主的に隔離生活を送らざるを得ないこのコロナ禍を前に、多くの人々にとってもそれは必要なのだろうと考える。生身でのやりとりは、声の強弱や、視線が合ったり合わなかったり、触れられると気持ち良くなるときもあれば嫌なときだってあって、説明し尽くせない心への圧迫もあったとしても。顔を見ながらお茶をいっしょに飲むだけで救われることもある。

 便宜上、演劇の上演も小説も、このテキストも終わりを迎える。けれど、観客や読者の生活にその先が描かれてほしい。「このセリフをどう言うか/どう聞こえるか」に終始したり、そのひとつの演技、ひとつのテキスト、ひとつの上演に閉じていくのではなく。正解はひとつじゃないはず。そう考えることが広く共有され、わからないという状態もそれほど悪くはないと認識する人が増えてくれたら良いのに。

 遅い、解答を出そうとしない言葉、文章、表現が、わたしには必要だ。きらきらして好ましいものとして使われる「多様性」とか、これを言えば受け入れているような、わかっているかのような態度表明になりうる「LGBTQ」とか、コピーとして表面的に多用される、そういう端的な言葉ではないかたちを探りたい。直接社会問題の解決を促すような、運動やジャーナリズムとは異なる、あくまで受け手の想像力に働きかけたり示唆を与えるにとどまるのだとしても、わたしは、硬直を解く力、現実をちがうかたちや角度で問い、捉え直す力があると信じたい。即効性は高くなく、論理的でもなく、そこに立ち上がるイメージはとりとめのないものかもしれないけれど、個人の顔を浮かび上がらせる、文学の言葉の力。

 1982年高知県にわたしは生まれ、男性と見なされ、女性的な身体・表象へと移行した、トランスジェンダーであるだけじゃなく、男/女どちらにも与したくないクィア。父と母と兄と弟がいて、家族関係は決して良好ではない。大学に進学はできたものの中退を余儀なくされ、正規雇用に就いた経験はない。これらのわたしの属性の複数は、ひとつひとつが言葉にされるとき、その反射でイメージされる内側のどこかにわたしを位置づける。けれど、例えばトランスジェンダーというひとつの属性に、「わたし」は閉じられない。

 歴史の中で誰かが自分の実存を賭けて生み出した言葉が、集合的に同じ経験、同じ闘争を表す声として、わたしのものとして現れたり、沈黙してきた。そうした、未だ書かれていない聴き逃されてきたたくさんの声が、開かれた場所で、自律のもと表現されることを夢見て、わたしはここにひとつの文章を残す。

鈴木みのり
1982年高知県生まれ。ライター。ジェンダー、セクシュアリティ、フェミニズムへの視点から書評、映画評などを執筆。「i-DJapan」「エトセトラ」「週刊金曜日」「週刊プレイボーイ」「すばる」「東洋経済オンライン」「ユリイカ」などに寄稿。2012年、タイでの性別適合手術(SRS)を収めたドキュメンタリー「THIS IS MY LIFE~心の声が聞こえますか?」に出演、番組が第50回ギャラクシー賞奨励賞を受賞する。利賀演劇人コンクール2016年奨励賞受賞作品に主演、衣装を担当する。
Twitter:@chang_minori

新潮社 新潮
2020年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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