「生産性向上!」は時代遅れのスローガンだ――『勤勉な国の悲しい生産性 なぜ経営の正義としてまかり通るのか』

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デロイトトーマツコンサルティングが2017年に発表した「働き方改革実態調査」の結果では、49%の企業が「働き方改革の効果が感じられている」と回答する一方で、「従業員の満足も得られた」とするのはわずか28%。「効果も満足も得られなかった」と回答した企業は23%となっている。「従業員の満足が得られなかった」と答えている企業は、合計で44%にも及ぶ。

それはそうだろう。働き方改革の第一の目的は「生産性の向上」だと答えた企業が87%なのだから。
(p13より)
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経営者が「生産性を上げろ」と声高に叫ぶ度に従業員はやる気を失っていく──。この不幸なすれ違いを解消し組織も個人も持てる力を発揮するには、何を変えればいいのか?

アフターコロナをも見据えた経営と働き方を考察する『勤勉な国の悲しい生産性 なぜ経営の正義としてまかり通るのか』(ルディー和子・著)から、「はじめに」を公開します。(書籍URL:https://www.njg.co.jp/book/9784534057785/

AIは人間の代わりにならない

2019年は、いまのアルゴリズム中心のAIへの過信が挫折を味わった年です。早ければ2020年には、自動車の完全自動運転が実現するとしていた企業家や研究者の予測が修正されました。修正といっても、2020年が30年に延びるといったような問題ではありません。完全自動運転がどのくらい先に実現するのか予測すらできないと、研究者たちは素直に認めました。アルゴリズム中心のAI研究だけでは、人間の知能を超えることはできないということが明白になったのです。

同じような理由で(つまり、いまのAIの限界が明らかになったことで)、機械(AIやロボット)が人間にとって代わる代替率は大幅に下方修正されました。日本では、20年以内に労働人口の49%がAIやロボットに代替されると予測され、センセーションを巻き起こしましたが、いまでは、その数字が正しいと思っている研究者はほとんどいません。

2016年にOECDが発表した7%のほうが正しいとみなされています。

スポーツ用品メーカーのアディダスが、2016年に建設したドイツのスマートファクトリーは19年に閉鎖され、靴の製造は中国とベトナムに戻されました。米国のテスラのロボットによる100%自動工場もうまく稼働せず、イーロン・マスクCEOは「人間というものを過小評価していた」と自分の誤りを認めました。

つまり、企業は、これからも、機械ではなく人間である従業員に頼らざるをえないことが明らかになったのです。

従業員は機械ではない

そういった状況において、いまの日本企業は従業員という最も重要な企業資産の価値を上げる努力をまったくといっていいほどしていません。その結果が、日本の従業員の会社へのエンゲージメント率は世界平均の半分しかない。異常に低いレベルです。なのに、「日本人は自己肯定感が低いからそうなるんだ」などと都合よく解釈し、対策を考えない経営者が多すぎます。

バブル崩壊後の20~30年、ICT化を進めることなく、非正規の安い労働力と正規社員の長時間労働で乗り切ろうとした経営者は、従業員を「機械」代わりに使ってきたと批判されても仕方がない。働き方改革の目標を「生産性向上」としているのは、「人間」を「機械」とみているからでしょう。働き方改革に不満をもつ従業員が多いのも当然です。

組織には「2:6:2の法則」がみられ、優秀な社員が20%、普通の社員が60%、働かない無気力な社員20%といわれます。欧米では、20%の優秀な社員を世界中から集め、ここに集中的に投資する傾向が強い。だが、日本の特徴は、60%の「普通の社員」の教養や勤勉さ、そしてたぶん倫理観のレベルも、他国の「普通の社員」より高いことにあります。

人間は「感情」で動きます。感情が喚起されれば倍の力だって発揮することができます。働き方改革において重要なことは、この60%の「普通の社員」の感情を喚起すること、会社の理念や目標に「感動」し、「共感」を抱いてもらうことです。そのためには、まず、従業員の行動心理を分析しなくてはいけません。

日本人の労働観を考える

本書では、歴史を振り返り、日本の労働者の時間に対する意識、組織に対する意識、人間関係に対する意識、仕事に対する意識を、広範囲にわたる調査、研究、文献の助けを借りて考えてみました。そこに浮かびあがってきた日本人の働き方には、いくつかの特徴があります。たとえば、マクロよりミクロに先に注意がいってしまうとか、結果よりも過程を大事にするとか……。「日本人はおおよそのところでよい仕事でも、完璧に仕上げようとする」と生産性が低いことに関連して批判されます。でも、欠点は裏を返せば長所にもなる。そういった働き手の特徴を生かすことで、グローバル市場における差別化に成功することもできます。

また、従業員がなぜそういった行動をとるのか、その心理を説明してくれる歴史的要因を知れば、従業員が満足してくれる働き方改革を考えることができます。日本人は神代の時代から「調和」と「均衡」を好む傾向がみられると、世界の神話を分析した心理学者は解説します。対立や混沌さ(カオス)を嫌う性向がイノベーションの妨げとなっているかもしれません。そう考えれば、イノベーションを生みやすい工夫や仕組みをつくることもできます。

本書で展開される経営者批判はときに辛辣になりすぎているかもしれません。でも、評論家的観点からではなく、従業員目線で書いたつもりです。従業員は経営陣のことをよくみています。そして、彼らの批判は当たっていることが多いのです。経営陣は、従業員との一方通行ではなく双方向のコミュニケーションにもっと時間をさくべきです。

第5章では、アルゴリズム中心のAIだけでなく身体性をもったAIの研究が進まなければ、機械は人間には近づくことができないことを説明します。それに関連して、身体を使う労働の重要性や、日本人の性向にあった「ものづくり」手法は、グローバル市場での差別化の中核になりうることも書きました。

新型コロナウイルスが猛威をふるうなか、グローバルのサプライチェーンの弱さが露呈しました。ものがなくては、人間は生きていけません。マスクから電子部品まで、ある程度国内で生産量を確保しなくてはいけないものがあることを実感できました。「ものづくり」の伝統は、そして熟練した技は、市場での差別化に貢献する貴重な日本の財産だと再確認させられました。

いまこそ、夢とヴィジョンの共有を

新型コロナウイルスがパンデミックと認定されたのは、本書の印刷が始まる直前でした。第二次世界大戦後最大の不景気に突入するということで、すでに非正規社員を中心とする従業員の解雇が始まっています。しかし、ウイルス騒ぎの前でも後でも、日本社会の人手不足は変わりません。想定外の出来事が起こりやすい21世紀の不安定な社会において、景気がよくなるのをじっと待って、その間は給料も上げず人も削減するという、戦略とは呼べない戦略をこれからもつづけるつもりなのでしょうか?

青臭いといわれるかもしれませんが、私は、人間はその気になれば倍の力を出すことができると信じています。同じ夢やヴィジョンを共有する仲間といっしょなら、1.5倍も2倍も大きな力を発揮することができます。

いま、働く日本人は自信を失っています。デジタル一辺倒の世の中で、人間が本来もっている力を信じることができなくなっています。マスクCEOの言葉を借りれば、経営陣も従業員も「人間というものを過小評価」しています。

拙著を読んでくださったみなさまが、「感動」や「共感」の助けを借りて、パンデミック後のグローバル市場での試練を乗り越えられることを切に願っております。

2020年4月
ルディー和子

■プロフィール
経営・マーケティング評論家。米国化粧品会社のマーケティング・マネジャー、米国出版社のダイレクト・マーケティング本部長を経て、早稲田大学商学学術院客員教授、立命館大学大学院教授等歴任。現在、ウィトン・アクトン(株)代表、セブン&アイ・ホールディングズ社外監査役、トッパン・フォームズ(株)社外取締役を務める。
著書:『合理的なのに愚かな戦略』(日本実業出版社)、『経済の不都合な話』『売り方は類人猿が知っている』『ソクラテスはネットの「無料」に抗議する』(以上、日経プレミア新書)ほか多数。

日本実業出版社
2020年6月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

日本実業出版社

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