逆ソクラテス 伊坂幸太郎著
[レビュアー] 関口苑生(文芸評論家)
◆異質だからこそ輝く
現実の世界を描いているのに、どこか何かがちょっとずれている。非現実とはまでは言わないけれど、おかしな出来事ばかりで少しヘン。
伊坂幸太郎の小説は、そんな独特の世界観に満ち溢(あふ)れた作品が多いことで知られる。それがまた魅力のひとつとなっているわけだが、最新作の短編集『逆ソクラテス』は、現実社会を真っ向から見据えた、彼にしてみれば“異色”の内容となっている。しかも主人公は、いずれも小学生なのだ。しかしこれが抜群に面白い。また、読み終えたあとにやってくる爽快感と清涼感は、これまでの伊坂作品の中でもトップクラスだろう。
たとえば表題作の「逆ソクラテス」だ。ソクラテスといえば「無知の知」、自分は何も知らないということを知っているだけマシだ、と言った人物である。だが、ここに登場するのは、自分は何でも知っているという態度で生徒を型に嵌(は)め、決めつけて、一方的に見下す先生だ。そのことに反撥(はんぱつ)する三人の生徒はしかし、本当の敵は先生自身ではなく、彼が抱いている「先入観」だと見抜き、それをひっくり返すべく敢然と立ち向かっていく。
あるいは「非オプティマス」では逆に、新任の頼りない先生を馬鹿にする悪童どもが、授業妨害を繰り返す態度に怒り、何とかやめさせようとする僕と友達の懸命な努力が描かれる。ほかにもいじめる側といじめられる側の微妙な差や、あと一歩が踏み出せない少年の逡巡(しゅんじゅん)など、現実社会で実際に起きているだろう事案や問題が、そのまま真っすぐに提示されているのだ。
自分だけの個性を持とうとしながら、みんなと同じでないと不安になる子供たち。そうでないと弾かれるからだ。そんな空気が蔓延(まんえん)している現実。だがそれは子供の世界に限った話ではない。
作者はそこに大人たちにも向けて、異質だからおかしいということはない。むしろ、異質だからこそ素敵(すてき)に輝くとなぜ思わないのだろう、と問いかけているのだった。そのきっかけの言葉は、「僕はそうは思わない」だ。
(集英社・1540円)
1971年生まれ。作家。2000年デビュー。著書『ゴールデンスランバー』など。
◆もう1冊
伊坂幸太郎著『仙台ぐらし』(集英社文庫)。2005〜15年までのエッセー集。