奨学金なんかこわくない! 「学生に賃金を」完全版 栗原康著

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奨学金なんかこわくない!

『奨学金なんかこわくない!』

著者
栗原康 [著]
出版社
新評論
ISBN
9784794811493
発売日
2020/04/08
価格
2,200円(税込)

書籍情報:openBD

奨学金なんかこわくない! 「学生に賃金を」完全版 栗原康著

[レビュアー] 岡田憲治(専修大教授)

◆じっくり学ぶ場がなぜ必要か

 この書評はキツい。奨学金債務者の栗原氏は教育の病をえぐり、真の知を問うが、私はまさにその磁場にいる「常勤」教員だからだ。

 大学の「非情金(非常勤)」は過酷で、私も不惑直前に年収百万円のオケラだった。でも奇跡的に職に就き四十五歳で民間奨学金を返済し切った。だから氏の憤りを共有しながら、ただの僥倖(ぎょうこう)で苦境から脱したという「疾(やま)しい」気持ちをぬぐえない。

 書名から本書がひたすらゼニ金の話に終始しているかと言えば違う。「借りたものは返せない!」「学生に賃金を!」というシュプレヒコールの足元には、「じっくりものを考えたい者たちが集まる場が何故必要なのか?」という根源的な問いがある。それは、ひたすら今日的資本の要請に応える「奴隷再生産」路線を走る国と大学への攻撃の根拠だ。

 この十年急速に大学の授業に侵入してきた企業活動に役立つ「問題解決能力」「情報処理能力」「コミュ能力」(キャリア教育)項目は、大学の風景変化と連動している。タテカンもビラもない清潔なキャンパスだ。だが、古(いにしえ)より「学ぶ者たちの組合」だったウニベルシタス(大学の語源)は、怪しい連中として訝(いぶか)られ差別された者の場であり、そんなに安易に社会と友好する存在ではなかった。

 大学は社会貢献せよとされ、それを誰も疑わない。しかし、学ぶ者(教員も学生も)とは原理的に「反社会的」存在でなければならない。学ぶとは、己の社会や居所すら突き放して見ることだからだ。だから大学は、氏が喝破するように「(社会貢献などと無縁な)不穏かつ悪意に満ちた場」、それゆえに担保される豊穣(ほうじょう)なる「発見」が行き交う、自由な空間でなければならない。

 実社会で役に立たないこと「だけ」をする、部外者すら含む若者が勝手な時と場で溜(た)まり過ごす風景のない、借金漬けの若者が俯(うつむ)く「デオドラント」された大学は、自分でものを考える人間の避難場所(アジール)足り得るのか。かつてのキャリア教育担当の日々が悪夢として甦(よみがえ)る。中にいてもそのツマラナさは耐えがたいものだ。

(新評論・2200円)

1979年生まれ。作家、政治学者、大学非常勤講師(アナキズム研究)。

◆もう1冊

栗原康著『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』(岩波現代文庫)

中日新聞 東京新聞
2020年6月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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