「勤労青年」の教養文化史 福間良明著

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「勤労青年」の教養文化史

『「勤労青年」の教養文化史』

著者
福間, 良明, 1969-
出版社
岩波書店
ISBN
9784004318323
価格
990円(税込)

書籍情報:openBD

「勤労青年」の教養文化史 福間良明著

[レビュアー] 佐藤卓己(京都大学教授)

◆格差の下方から見た「教養」

 多くの人々が「教養」を渇望した時代があった。そんな昭和二、三十年代を「幸福な時代」と懐かしむ声をしばしば耳にする。だが、その時代は誰にとって、どのように幸福だったのか。

 農村の青年団・青年学級(第一章)、集団就職組の定時制高校(第二章)、『葦』『人生手帖』などの人生雑誌(第三章)、いずれも格差社会の下方から教養システムにメスを入れた本書のテーマはことのほか重い。

 教養を求めた勤労青年がその鬱屈(うっくつ)、憤懣(ふんまん)、閉塞(へいそく)感を綴(つづ)った手記も多く引用されている。その重さを本書が感じさせない理由の一つは、吉永小百合が主演した映画『キューポラのある街』(一九六二年)の紹介で始まり、その続編『未成年』(一九六五年)で終わる構成にあるのだろう。前者は成績優秀なジュン(吉永)が家庭の貧困を理由に全日制高校への進学をあきらめ、働きながら「別の意味の勉強」を求めて定時制に学ぶ物語である。後者は、現場で格差や矛盾に直面したジュンが定時制を中退し、大学進学を断念する不安定な日常が描かれている。

 この二つの映画が公開された一九六〇年代前半は日本社会の転換期である。青年団も定時制も人生雑誌も衰退し、「大学なみの教養」を目指す人はいなくなった。

 このプロセスを象徴する女優として、吉永小百合は最適なのだろう。戦後の教養主義と民主主義を象徴する青春スターだからである。あえて言えば、ジュンと吉永の進路における極端な対称性にこそ、「格差と教養」問題を解くカギがあるはずだ。

 『キューポラのある街』に出演した吉永は全日制普通科の現役高校生だった。当時、大学の文学部では女子学生の比率が急上昇しており、早稲田大学教授・暉峻(てるおか)康隆が唱えた「女子学生亡国論」が話題になっていた。ジュンが大学に見切りをつける続編『未成年』の公開年、吉永はその早稲田大学に進学している。

 勤労青年に教養への憧憬(しょうけい)を抱かせたシステムが、同時にそれを冷却させる機能を併せ持っていたことを吉永=ジュンは象徴的に示している。

(岩波新書・990円)

1969年生まれ。立命館大教授。著書『「反戦」のメディア史』など。

◆もう1冊

佐藤卓己著『青年の主張−まなざしのメディア史』(河出ブックス)。勤労青年の「まじめな主張」の系譜をNHKの社会教育番組の分析からあとづけた。

中日新聞 東京新聞
2020年6月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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