第6回日本翻訳大賞が発表 今世紀に入って注目される作家の短編集と禁書扱いされていたサリヴァンの私記に決定

文学賞・賞

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 第6回日本翻訳大賞が24日に発表され、デボラ・フォーゲルさんの『アカシアは花咲く―モンタージュ』(松籟社)とH・S・サリヴァンさんの『精神病理学私記』(日本評論社)に決まった。

 受賞作『アカシアは花咲く―モンタージュ』は、1941年に独ソ戦が勃発後、ユダヤ人ゲットーに強制移住させられ、ゲットー内で行われたユダヤ人一掃作戦により、母、夫、息子とともに射殺されたデボラ・フォーゲルさんによる短編集。今世紀に入って再発見され、モダニズム文学の歴史を書き換える存在として注目を集める。訳者はポーランド文学を専攻し、ポーランドの小説家で画家のブルーノ・シュルツさんの研究書を刊行している加藤有子さん。

 著者のデボラ・フォーゲルさんは、オーストリア領ガリツィア(現ウクライナ西部国境地帯)の町ブルシュティン生まれ。ドイツ語、ポーランド語のほかにイディッシュ語を学び、執筆言語にした。独立ポーランド領に入った一帯の中心都市リヴィウで教職に就き、心理学と文学を教えるかたわら、当地のイディッシュ語作家や若手前衛画家たちと交流し、文学や美術に関するエッセイ、美術展評を発表。またブルーノ・シュルツと親交を結び、彼の第一短編集『肉桂色の店』成立に大きな影響を与える。1930年代に2冊のイディッシュ語詩集を刊行、1935年にはまずイディッシュ語で、翌年にポーランド語で『アカシアは花咲く』を刊行した。その後は作品発表の場をニューヨークのイディッシュ語文芸誌に移し、モダニズム文学の最前線に参加する。1942年にユダヤ人一掃作戦により、母、夫、息子とともに射殺されこの世を去る。

 もう一つの受賞作『精神病理学私記』は、現代精神医療の基礎を築いたハリー・スタック・サリヴァンによる生前唯一の著作。サリヴァン自身の性指向とアルコール耽溺を参照軸としつつ、 スキゾフレニア、パラノイア、そして同性愛について語る。訳者は川崎市立多摩病院神経精神科長の阿部大樹さんと東京大学大学院医学系研究科機能生物学専攻システムズ薬理学教室に所属する須貝秀平さん。

 著者のH・S・サリヴァンさんは、1892年にアイルランド系移民3世としてニューヨーク州で生まれた精神科医、社会心理学者。1917年にシカゴ医学校を卒業後、陸軍連絡将校を経て、23年よりシェパード・イノック・アンド・プラット病院で臨床医となる。30年代より、重症精神病に対するインテンシブな心理療法を特徴とする、北米の力動精神医学の中心的存在となる。第二次大戦以降、国際精神保健体制の確立のために運動するが、WHO設立に係る米国側特使として滞在していたパリで客死した。

 日本翻訳大賞は、日本翻訳大賞実行委員会が主催する文学賞。12月1日~翌年12月末までの13ヶ月間に発表された作品を対象に小説、詩、エッセイ、評論など優れた日本語翻訳作品に与えられる。第6回の選考委員は、日本の翻訳文学を牽引する翻訳家である金原瑞人さん、岸本佐知子さん、斎藤真理子さん、柴田元幸さん、西崎憲さん、松永美穂さんの6氏が務めた。

 昨年は、ジョゼ・ルイス・ペイショットさんの『ガルヴェイアスの犬』(新潮社)とウィリアム・ギャディスさんの『JR』(国書刊行会)が受賞。過去にはパトリク・オウジェドニークさんの『エウロペアナ:二〇世紀史概説』(第1回)、パトリック・シャモワゾーさんの『素晴らしきソリボ』(第2回)、アンソニー・ドーアさんの『すべての見えない光』(第3回)などが受賞している。

 第6回の候補作は以下のとおり。

『アカシアは花咲く』デボラ・フォーゲル[著]加藤有子[訳]松籟社
『ある一生』ローベルト・ゼーターラー[著]浅井晶子[訳]新潮社
『インスマスの影―クトゥルー神話傑作選―』H・P・ラヴクラフト[著]南條竹則[訳]新潮社
『失われた女の子 ナポリの物語4』エレナ・フェッランテ[著]飯田亮介[訳]早川書房
『精神病理学私記』H・S・サリヴァン[著]阿部大樹/須貝秀平[訳]日本評論社

Book Bang編集部
2020年5月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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