『ほたる茶屋 千成屋お吟』
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日本橋のよろず相談屋が舞台 シリーズ化を期待したい時代小説
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
主人公であるお吟は、日本橋で御府内のよろず相談を引き受ける「千成屋(せんなりや)」の女将をしている。
その仕事の内容は、お客の困りごとを、どのような手を尽くしても解決するというもので、道案内、買い物案内に人捜し、武家屋敷への下働きの世話など、とにかくありとあらゆる困りごとを引き受けている。時には命懸けの事件に巻き込まれることもあり、その時のために男衆の千次郎と與之助(よのすけ)がおり、さらにお吟の亡き父が十手を預っていた八丁堀の旦那――いまは御隠居の青山平右衛門がいる。そして小女(こおんな)のおちよも。
まず主人公の気っ風がいい。巻頭の「十三夜」で、お吟は、自分が捕まえた巾着切の女房に待ち伏せされ、争ううちに女房が商売ものの粟(あわ)の串団子を地面に落としてしまう。怨み言をいう女房に「そのお団子、みんないただきます」というではないか。驚く相手に「そのかわり約束して下さい。私を恨むのはいいけれど、お団子は、にこにこして売らなきゃね」
惚れ惚れするような女ぶりだ。
お吟がこうした情理をわきまえた考え方ができるのは、亭主が五年前、伊勢参りに出たまま行方知れずという深い哀しみを背負っているからだ。
二つの事件が見事にクロスする巻頭作の次には、ほたる茶屋の女将おふさを悩ませる奉公人の危難をお吟たちが総がかりで救(たす)ける表題作が控えている。三作目の「雪の朝」はいちばん手が込んでおり、ミステリ色が濃厚である。
半分に引きちぎられた、地蔵が描かれた絵を持って、姉の安否をたずねに来た妹には、どんな運命が待ちかまえているのか。御隠居ながら、平右衛門の活躍は颯爽としている。ラストでは、姉妹が新しい春を迎えるために踏んでいく、ザッ、ザッ、という雪の音が聞こえそうだ。
そして巻末の「海霧(うみぎり)」を読む限り、本書がシリーズ化されて、次巻が刊行されてもおかしくない伏線が張られている。楽しみだ。