いまだ世界はコロナ禍にありますが、人間と感染症の戦いはいまに始まったものではありません。実は日本人は古代より疫病に幾度となく苦しめられてきました。それを証言するのが、今年で編纂1300年を迎えた『日本書記』です。
『日本書紀』には第10代崇神(すじん)天皇の世に疫病が蔓延したという記述があります。天皇は三輪山(みわやま)の神を祀ることで鎮静化を図りましたが、その舞台となったのが奈良県桜井市にある大神(おおみわ)神社です。そこにはオオモノヌシが祀られており、日本最古の神社としても知られています。
ここでは、『日本書紀に秘められた古社寺の謎』(三橋健編、ウェッジ刊)から、オオモノヌシが祀られた経緯に、疫病蔓延(パンデミック)が深く関わっていたことを見ていきます。
オオモノヌシが祀られる三輪山はなだらかな円錐形となっている(写真)photoAC
三輪山の神・オオモノヌシ伝承
奈良県桜井市にある大神神社は、大物主神(おおものぬしのかみ)を祭神としています。古来、本殿をもたず、オオモノヌシが鎮まる三輪山そのものがご神体とされてきました。拝殿の奥にある三ツ鳥居を通して神体山を拝するという様式は、神社本来のありようを示しているともいわれ、神社のなかでもとくに古い歴史をもつ古社とされています。
そんな三輪山と大神神社、そしてオオモノヌシをめぐる伝承の最古層を書きとどめているのが、『日本書紀』です。『日本書紀』によると、崇神天皇は磯城瑞籬宮(しきのみずかきのみや)を都としました。その場所は三輪山西麓の地、つまり大神神社の周辺と推定されています。西麓の巻向(まきむく)川と初瀬(はつせ)川に挟まれた三角地帯が古くから「水垣郷」と呼ばれていた、というのが根拠になっています。
崇神天皇の治世でのパンデミック
崇神天皇の時代に、疫病が国中に流行して、多くの民が亡くなり、混乱に陥ったことが『日本書紀』に記されています。これはパンデミックに関する日本最初の記録でもあります。百姓は流離し、なかには背く者もあり、その勢いは天皇の徳をもってしても収まらなかったとあります。
そこで天皇は神意を伺うため、占いを行いました。すると、天皇の大おばにあたる倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそびめのみこと)が神憑りになり、「私をよく祀れば天下は平穏になるだろう」と神託を告げました。
これを受け天皇が「あなたはいずれの神か」と尋ねると、「私は倭(大和)国のなかにいる神で、大物主神という」という答えがかえってきました。天皇は神託にしがたってオオモノヌシを祀りましたが、一向に効験(こうけん)はあらわれません。そこで天皇はさらなる神示を得ようと必死に祈りました。すると夢にオオモノヌシが現れ、次のように天皇に告げました。
「我が子、大田田根子(おおたたねこ)に私を祀らせるならば、たちどころに平穏になるだろう」
これを受けて、天皇が早速、「大田田根子」なる人物を探させたところ、茅渟県(ちぬのあがた)の陶邑(すえのむら)から召し出されました。「茅渟県の陶邑」は現在の大阪府堺市を中心とした泉北丘陵の一帯にあたり、その地名は、数多くの窯がつくられて陶器(須恵器)の製作で栄えたことにちなんでいます。
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- 日本書紀に秘められた古社寺の謎
- 価格:1,430円(税込)
オオモノヌシを祀ると疫病は終息した
天皇は大田田根子に出自を尋ねると、彼は「父は大物主神で、母は陶津耳(すえつつみみ)の娘の活玉依媛(いくたまよりひめ)です」と答えました。大田田根子はたしかにオオモノヌシの「我が子」であったのです。
そこで天皇は大田田根子にオオモノヌシを祀らせ、さらに八十万(やそよろず)の神々も祀り、神社の制度を整え定めると、ようやく疫病が途絶えて国内は平穏となり、五穀豊穣となって人民は豊かになりました。以後、大田田根子は大神の祭祀を司ることになり、三輪氏・大神氏の始祖となりました。
以上が『日本書紀』にうかがえる三輪山とオオモノヌシの説話の概要ですが、このように日本最古の疫病蔓延(パンデミック)の記述にとどまらず、三輪山をご神体としてオオモノヌシを祀る大神神社の縁起譚でもあり、大神神社の神官を世襲した三輪氏の祖先伝承にもなっているのです。
――三橋氏は神道文化研究の第一人者として知られ、最新刊のなかでは、ここで取り上げた三輪山のことを詳しく触れています。本の中では、このほか伊勢神宮や出雲大社をはじめ、『日本書紀』の舞台となった30の古社寺を謎解き風に紹介。疫病蔓延と絶えず向き合い克服してきた古代日本人の息吹を体感してみるのはいかがでしょうか
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