大ピアニストは語る 原田光子訳編
[レビュアー] 山口雅敏
◆芸術の本質を熟考した表現
十九世紀末から二十世紀に活躍した世界的大ピアニストたち二十人が、音楽や芸術、演奏法、解釈、教育法などを、各自の音楽家人生を通して語る貴重な芸談集である。原田光子氏が訳編した本書は昭和十七年に出版され、再版を重ねたが、近年は絶版状態だった。復刊は本当に喜ばしく、巨匠たちの金言を噛(か)みしめながら読み返している。
ここに登場するピアニストたちの名演の録音を耳にすると、その独創的な発想力、音色、個性豊かな表現力に驚かされる。彼らよりも正確に、速く弾くことができたピアニストは存在したにもかかわらず、なぜ彼らの演奏は人々の心をとらえ、偉大なものとなっているのだろうか。
彼らはこの芸術的演奏への難問や、ピアノ演奏に関わる重要な数々の課題について説いている。中でも、作曲家が意図する音楽的創造を表現するために欠かせないテクニックについて多く語られ、音楽の目的を失った機械的な演奏や練習を非難している。彼らはミスを恐れることなく、芸術作品の本質を表現することに全霊を捧(ささ)げたのだ。
また彼らの演奏を特徴づける要素について、自ら語られることも大変興味深い。パハマンは独自性の探究を、パデレフスキーはテンポ・ルバート(柔軟な速度)について論じる。バッハ演奏の大家ブゾーニがフレージングを学ぶ作品としてバッハを挙げ、ラフマニノフは芸術的な演奏の本質として作曲家ならではの視点で述べ、巨匠たちの演奏を聴くことが一番の学びだと学生たちに語りかける。強靭(きょうじん)なテクニックを誇ったバックハウスが、音階練習を毎日の日課としていたのは面白い発見だった。
彼らは頭脳を参加させ熟考すること、精神集中させ音を良く聴くこと、誠実であることの大切さを教えてくれる。ピアノ演奏は、単に鍵盤に触れることではなく、情緒と知性、生命を注ぎ込むことだ。本書は学生や指導者にとって素晴らしい啓示となり、音楽愛好家にとっては、彼らの音楽観を考察できる意義深い名著である。
(河出書房新社・3520円)
1909〜46年。14歳のときに2年間、ドイツにピアノ留学。著書『フランツ・リストの生涯』など。
◆もう1冊
原田光子著『真実なる女性 クララ・シューマン』(みすず書房)。現代かなづかいに改め復刊。