芥川賞受賞・高山羽根子さんインタビュー 絵画の世界から30代で小説家へ
[文] 新潮社
『第163回芥川龍之介賞』の受賞作品が発表された。選ばれたのは、高山羽根子さん『首里の馬』、遠野遥さん『破局』の2作。1975年富山生まれ、東京在住の高山さんは、2010年「うどん キツネつきの」で第1回創元SF短編賞佳作を受賞しデビュー。3回目のノミネートでの受賞となった高山さんにインタビューを行った。
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高山さんは美大で絵画を学んだ後、30代になってから小説を書き始めたという一風変わった経歴の持ち主だ。
「高校生の頃、大学受験のために絵を描き始め、大学に入ってからはグループ展、公募展などに作品を出していました。専攻は日本画で、卒業後サラリーマンになってからも絵は描き続けていました。動物の絵を描くことが多いのですが、現実に存在する生き物をそのまま書くわけではありません。なので、展示会でお客さんから『これは何科の生き物なんだ!』と怒られることもあります(笑)」
もともとは絵画の世界にいた高山さん。小説を書くことは当時からあったのだろうか。
「大学生のときから思いついたことを散文のように書くことはありましたが、始まりと終わりがきちんとあるような“物語”ではありませんでした。就職してからはなかなか時間を取れなかったのですが、30代半ばに転職をして、創作活動ができる環境になったので、小説を書き始めました」
高山さんにとって小説を書き始めたことは自然な流れだったそう。
「絵をやめて小説に方向転換した、というわけではありません。絵では表現できないことを文字で表現したいし、文字では書ききれないものを絵で描きたいと思っています。その時々でプライオリティは変わりますけれど」
受賞作となった『首里の馬』の舞台は、沖縄。主人公・未名子は「資料館」と「スタジオ」というふたつの空間に出入りしながら暮らしている。「資料館」は沖縄の歴史についての膨大な情報の集積場。そして、「スタジオ」はオンラインモニター越しにクイズを出題する という奇妙な仕事場である。ある台風の夜、一頭の宮古馬が未名子の家の庭に迷い込み、その日を境に未名子の生活は変化してゆく――というのが物語のあらすじだ。
「舞台の沖縄にはプロ野球のキャンプを見学する目的で何度か長期滞在したことがあります。野球観戦が趣味なのですが、キャンプだと一度にたくさんの球団を見ることができて楽しいんです。滞在中に地元の博物館で得た情報などが執筆のきっかけになっています」
作中に出てくるオンラインクイズというテーマは、コロナ禍の日本において非常にタイムリーなものに思える。
「執筆はコロナ以前なのであくまで偶然ですが、たとえ距離が離れていても、何らかの形で意識を通じ合わせることが人の精神のケアになるのでは、と思って書きました。世界中が大変な状況ですが、私たちはスマホで話したり、膨大な量の情報を収集したりする技術を持っています。もし電話すらなかった時代にコロナが流行っていれば、怖いと思うことすらできずに亡くなっていく人も多かったはず。何かを知り、事実を記録することで知恵 の集積が行われ、それが未来に役に立つ、という前向きな姿勢は『首里の馬』の大切な要素です」
見事受賞となった高山さんだが、執筆中は常に不安な気持ちと戦っていたという。
「これまで比較的短い作品を書くことが多く、今作は今までにない長さでした。作中に出てくる馬じゃないですが、『振り回されちゃうんじゃないか』『乗りこなせるのだろうか』と不安に思いながら書いていました。物語の断片集めの作業を含めると、2~3年ほどかかった作品です」
図らずも“コロナ時代”とシンクロした芥川賞受賞作は7月27日発売。