上田秀人、今村翔吾 関西作家の爆笑対談! 『書け!』『はいっ!』

対談・鼎談

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陽眠る

『陽眠る』

著者
上田, 秀人, 1959-
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758413541
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

上田秀人の世界

[文] 角川春樹事務所


上田秀人

 時代小説と歴史小説。
 一見似て非なるものである二つのフィールドで活躍し続けている関西の二人の作家、上田秀人さんと今村翔吾さん。
 今村さんは六月十五日に『童の神』が文庫化され、上田さんは七月十五日に歴小説の単行本『陽眠る』が刊行されました。
 ふだんから交流のある二人に、創作について対談していただいた。

上田秀人と今村翔吾、関西作家の交流

――時代小説の人気シリーズと歴史小説をともに書かれ、大活躍中のお二人。関西在住という共通点もあって日頃から交流があるそうですね。

上田秀人(以下、上田) 今村くんが角川春樹小説賞を受賞された際のパーティーでご挨拶いただいて、それ以来ですかね。こっちの領域に入ってきたら潰すぞと言ってるんだけど、どんどん大きくなって。たけのこみたいなやっちゃなぁと(笑)。

今村翔吾(以下、今村) 言いつけを守り、上田先生が書かれている時代は避けながら、なんとかやっています(笑)。でも緊張するな、対談という形で話すのなんて初めてだから。

上田 もう何回飯食ってるんや!

今村 だって小説の話なんて普段しませんもん。

上田 そうやな。原稿料の話はするけどね、どこが安いとかさ(笑)。

今村 関西の作家って、だいたいそんな話しとるんちゃいますか。

――時代ものと歴史もの、両方を手掛けるのは珍しいと思いますが、どのように書き分けていらっしゃるのでしょうか。

上田 あんまり気にしたことはないです。ただ、歴史小説は嘘を書けないのでね。事実と事実を繋ぐ作業になってしまうところもあるし。だから踊りにくいというのはあるかな。

今村 読んでいてとても楽しいです。後半になるにつれてテーマが浮き彫りになってくる感じとか、好きですね。伊達政宗を描いた『鳳雛の夢』は特にそう感じました。ランティエに連載されていた『陽眠る』も面白かったです。開陽丸、来たー!って。

上田 もう十七、八年前になるけど、江差に行ったときに開陽丸のことを知って。そのときに思ったのが、幕府の埋蔵金をここに絡めたら面白い話が書けるんちゃうかなと。それ以来、機会があればと思っていたのでね。

今村 確かに、船が隠れた主人公なんかなと思いながら読みました。こういうのも書かはるんですね。幕末が舞台ですよね。

上田 幕末はね、かつてある編集者に、お前ごときが手を出すなと言われたんだよ。司馬遼太郎さんや池波正太郎さんといった錚々たるメンバーが名作を山ほど書いているのだからと。でも、そろそろ書く時代がなくなってきた(笑)。その編集者との付き合いも途切れたし、書き始めたの。でも、今村くんも書いてみたいと思うでしょ、幕末。

今村 そうですね。ただ難しいだろうなぁ、資料がたくさん残っているだけに。だから『陽眠る』は新鮮でした。描いているのは幕末の中ではわりと知られたエピソードだと思うんですが、最近、こうした王道を書いた作品がないですよね。名作の存在を気にするあまり、どんどん読みたいものから離れていってる気がします。読者は本当はこういうのが読みたいんじゃないかなぁ。


今村翔吾

小説を書き続けるのに大事なこと

上田 書きたいものを書くということでは、『童の神』もそうでしょ? 好きなテーマなんだろうなと思ったよ。

今村 はい、好きですね。

上田 僕、小説というのは最初の出だしとエンディングが大事、命だと思っているんです。『童の神』は第二章に至るまでが序章でしょ。このプロローグがすごく長くて、最終章と合わせるとそれだけで一つの小説になるくらいのものを入れている。僕にはできないな、もったいなくて(笑)。しかも、序章を後半でしっかりと生かしている。張った伏線の回収をどこでやるか。そのへんの配分もうまいなぁと思いますね。

今村 考えなしのところもあります。まだまだです。

上田 そりゃそうだよ。デビューから三年ぐらいで、わかってますなんて言われたら、後ろから蹴るよ(笑)。

今村 もうちょっと計算し尽くせるようになりたいですけどね。

上田 そうなったら今村くんの色がなくなると思う。「くらまし屋稼業」シリーズも読ませてもらっているけど、そこにも今村翔吾さんの文章ですねというのは出てきている。今村ファンの方もわかるでしょうね。でもそれは、合う合わないの問題でもある。合う人というのはハマって、必ず次巻も読んでくれる。編集部に電話してくる人いるでしょ、次はいつだと。

今村 ありがたいことですよね。でもそれって、先生方が次々と書かはるからですよ。時々言われるんですよ、上田秀人はあんなに書いているんだから、若いお前はもっと書け!って読者の方に(笑)。

上田 僕がデビューした頃はもう佐伯泰英先生や鳥羽亮先生が精力的に書かれていたから、時代小説は量産できなきゃ生き残れないと思いこんじゃったよね。で、運が良いのか悪いのか量産できてしまった。

今村 そうですね、時代小説なら年に七、八冊くらいは出していかないとだめなんかなというのはありますね。

上田 若い作家さんはがむしゃらにいかんと忘れられるよ。待ってくれへんもん、読者は。

今村 当面は仕事に専念する覚悟です。

上田 いや、死ぬまでや。当たり前やろ、そんなん。

今村 やべぇな、遊ぶ間がない(笑)。

――上田先生は多くのシリーズをお持ちですが、シリーズを書くためのノウハウみたいなものはありますか。最初から確立されていたように感じますが。

上田 いや、ないですよ。最初はレポートみたいって、さんざん言われました。論文を書いてましたから、その書き方だって。

今村 山村正夫さんの小説講座を受けられたと聞いてますが、そこで学んだことが多かったですか?

上田 いや、山村先生は何も言われない方でした。教えられたのはただ一つ。自分が面白いかではなく、読者が面白いと感じることを考えなさいと。それだけ。

今村 僕も肝に銘じます。シリーズの書き方についてお聞きしたいんですが、まず、最後って決めてるんですか?

上田 だいたいはね。でも、どこで終わるかわからへんからね。売れたら、もうちょっと続けてください、次も行きましょうってなるでしょ。でも、それで続けていくと自分が飽きちゃうのよ。

今村 これ以上続けても面白く終われないというラインはありますよね。

上田 「くらまし屋」は何冊出てるんだっけ?

今村 六冊です。

上田 なら、まだまだやな。

今村 はい、もう暫くは続けたいと思っています。ただ、シリーズというのは短い期間で書いたほうが評価が高いような気もするんですよね。

上田 だって、文庫は勢いだもん。一日かかってひねり出した一文でも読者は二秒で読んでしまうわけだし。僕らがどれだけ悩み、時間をかけたとしても、それは読者には関係ないこと。作者も勢いなら、読者も勢いだね。

時代小説への思いとは

今村 勢いを保ち続けるコツというか、書き続けてこられたモチベーションってなんですか。

上田 なんなんだろうね。でもたぶん、初めて自分の名前が書かれた本が本屋に並んだ快感が忘れられへんのやろうなとは思うけど。デビュー作が平積みされているのを見たときは、ものすごく嬉しかったから。

今村 僕もその光景は覚えています。一冊目というのは不思議ですよね。

上田 作家なんて自己顕示欲の塊みたいなもんだからね。確かに書き続けるのは大変ではあるけれど、だんだんと苦ではなくなってくる。楽か楽でないか。この作品は楽だねとか、ちょっとしんどい作品だねとか、その違いくらいかな。

今村 『童の神』のときはそんな思いを感じることもなく、ただテンションだけで書いていた感じがします。

上田 そういう書き方を続けていたら、倒れるか、やめるかしかなくなるよ。まぁ僕もテンションのまま始めたの、あるけどね。『天主信長』は他に秀吉と家康で三部作にする予定だったの。でも、いろいろあって、あとの二作品は浮いてんねん(笑)。

今村 じゃ、僕がそのアイデアをもらおうかな。

上田 そんなこと言うと、今村が仕事したがってるってあちこちの出版社に言うぞ!

今村 マジで仕事来たら困ります。もう無理ですって。

上田 誰かに振れば?

今村 振れる先がないです。まだ若輩者なので……。

上田 考えたら君は息子みたいな年齢やしね。

今村 この前もそんな話になりましたね。

上田 うん。で、いっそのこと二人で親子ものをしようかってね。例えば、父親の目線で息子を見た物語を僕が一冊書き、今村くんは今村くんで息子目線で一冊とかね。

今村  面白そう! でも待って。部数にめっちゃ差がついたらどうしよう。息子のほうだけぜんぜん売れへんとか。“じゃないほう芸人”みたいに言われたら、いやや(笑)。

上田 ひとつのアイデアを二人で分けられるんや、ありがたい話や。時代小説の世界が面白くないことにはどうしようもないから。

今村  そうですね。なんとか盛り上げていきたいですよね。

上田 今村くんがいてくれるから、今、僕は楽なの。若手が出てこなければ、いずれ遺産だけで回していかなければならなくなり、そうなると時代ものというジャンルが腐ってしまう。やっぱり水は混ぜないと。だから今村くんが入ってきてくれて、この時代ものという池がようやく回り出したかなという気はします。

今村 時代小説の書き下ろしを評価してもらえるような土壌もほしいですよね。デビューのチャンスが少ない気もしていて、それだけに僕は運が良かったなと。だから、これからも引っ張っていってください。

上田 来年二百冊になるので、もういいかなって思ってるんだけど(笑)。

今村 いやいやいや。いい意味で、目の上のたんこぶでいてくださいよ。

上田 森村誠一先生に後は任せたと言われたのを思い出した。あのときはその重責にぞっとしたなぁ(笑)。

今村  ほら、責任あるんですって。それに時代小説のファンは絶対に誰かの新作を読んでいたいはずなんです。

上田 日本の文化なんでね、時代小説は。途絶えさせてはいけない。アメリカのウエスタンのようにしてはだめですよ。時代劇が廃れつつある今、文章だけでも生き残らないと。もちろん、読者の期待にも応えていかないといけないよね。だから、もう一度言うよ。書け!

今村 はいっ!

 ***

上田秀人(うえだ・ひでと)
1959年、大阪府生まれ。大阪歯科大学卒。97年、小説クラブ新人賞佳作に入選しデビュー。歴史知識に裏打ちされた骨太の作風で注目を集める。2010年、『孤闘 立花宗茂』で中山義秀文学賞受賞。代表作のひとつ「奥右筆秘帳」シリーズでは、「この時代小説がすごい!」(宝島社刊)で、09年版、14年版と2度にわたり文庫シリーズ第1位、第3回歴史時代作家クラブ賞シリーズ賞を受賞。「百万石の留守居役」(講談社文庫)「禁裏付雅帳」(徳間文庫)「琥四郎巡検譚」(光文社文庫)「高家表裏譚」(角川文庫)「日雇い浪人生活録」(ハルキ文庫)「社番奮闘記」(集英社文庫)「勘定侍柳生真剣勝負」(小学館文庫)など、多くの文庫書き下ろしシリーズがある。ほかに『本懐』(光文社)『本意に非ず』(文藝春秋)など著書多数。

今村翔吾(いまむら・しょうご)
1984年京都府生まれ。滋賀県在住。「狐の城」で第23回九州さが大衆文学賞大賞・笹沢左保賞を受賞。デビュー作『火喰鳥 羽州ぼろ薦組』(祥伝社文庫)で2018年、第7回歴史時代作家クラブ・文庫書き下ろし新人賞を受賞。「羽州ぼろ篤組」「くらまし屋稼業」は続々重版中の大人気シリーズ。同年、「童神」で第10回角川春樹小説賞を、選考委員(北方謙三、今野敏、角川春樹)満場一致の大絶賛で受賞。「童神」は『童の神』と改題し単行本として刊行。多くのメディアで大絶賛され、第160回直木賞候補にもなった。19年刊行の『八本目の槍』(新潮社)で、第41回吉川英治文学新人賞受賞。今年『じんかん』(講談社)でも第163回直木賞候補になった。他の著書に「てらこや青義堂 師匠、走る』(小学館)、『じんかん』(講談社)、現代小説「ひゃっか! 全国高校生花いけバトル」(文響社)がある。

インタビュー/石井美由貴 人物写真/福田拓

角川春樹事務所 ランティエ
2020年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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