悪は別の悪を遠ざける――『断罪 悪は夏の底に』著者新刊エッセイ 石川智健

エッセイ

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断罪

『断罪』

著者
石川智健 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334913588
発売日
2020/07/18
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

悪は別の悪を遠ざける

[レビュアー] 石川智健(作家)

 僕は映画やドラマを観ることが大好きで、複数の動画配信サービスを契約している。基本的には多種多様なジャンルに手を伸ばすが、その中でもノンフィクション系の話や、実話を題材にしたフィクション作品を好んで観ることが多く、最近、悪人のドキュメンタリーばかり観ていることに気付いて驚いた。殺人鬼、爆弾魔、麻薬王……ラインナップは実に豊富だ。同じような人物を扱った類似作品も多くある。つまり、こういったものを視聴者が求めているのだ。

 彼らがどうして、どんな悪さをしたのかを知りたいがために観る人もいるだろう。しかし、中には、彼らに好奇心を覚(おぼ)え、魅了され、足跡を辿(たど)ろうと考えた人も少なくないはずだ。

 悪を憎む感情は誰しも持ち合わせている。しかし同時に、人は悪に惹(ひ)かれる。

 悪という存在は、不思議なものだ。

 絶対悪や絶対正義など存在しないことが分かりきった世界で、人は悪を断罪しろと声高(こわだか)に叫ぶ。そのとき、たまたま悪と認定された悪を、絶対悪だと糾弾(きゆうだん)する。

 ただ、悪には別の悪を遠ざけるという性質がある。誰かにとっての悪を、別の悪が退治したのなら、後者の悪は誰かにとっては正義の味方なのだ。

『断罪 悪は夏の底に』には、悪人がたくさん登場する。本当に、悪人ばかり。しかし、彼らを悪人だと思わない方もいるかもしれない。

 悪は、実に曖昧(あいまい)で相対的なもの。ゆえに、確固たる悪の定義を持つ人は少ないだろう。

 また、この作品では、さまざまな人体実験が登場する。人の魂の重さはどれくらいか。首と胴体を切り離して生きることはできるのか、などなど。実際に、これらを検証した実験は存在し、この物語の一つの柱にもなっている。

 好奇心をかき立てられた方は、是非ご一読を。

光文社 小説宝石
2020年8・9月合併号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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