<東北の本棚>死を迎える諦念の境地
[レビュアー] 河北新報
人は死に向かう時間の長さを意識すると、身の回りの生の小さな営みに己を重ね合わせ、哀れみを募らせることがある。著者は扇畑忠雄氏が創設した短歌結社、東北アララギ会「群山」代表。多忙な日々から解放された後の暮らしを、アララギ派らしく写実的に、等身大の言葉で詠む。
「残生が穏やかに過ごせるための一つの区切り」と言う第3歌集には歌誌、新聞などに掲載された歌や未発表歌から545首を収めた。
四季折々の草木や50年連れ添った妻、奥会津の生家、亡き母への慈しみが本書を覆う。<扇坂上る傍らに花終へし延齢草に小さき実のあり><傍らの妻の寝息に安らぎて諍(いさか)ひごとも薄れて眠る>。何げない日常に、淡いながらも確かな陰影を与えている。
社会にも目を向ける。<人の世の理想の里を願はむかニライカナイの橋を渡りぬ><流されし墓石集めて積み重ぬ集落跡の雑草の中>。戦災、震災の地を訪れ、静かに犠牲者の無念に思いを巡らせる。
歌集名は<やうやくにたどり着きたる大海に一滴のうた流れはてなし>に由来。「到達点のない短歌を唯一の拠(よ)りどころとして余生を過ごす」との言葉に死を迎えるための諦念のごとき境地が見える。
1944年福島県昭和村生まれ、仙台市在住。(建)
現代短歌社03(6903)1400=2970円。