小野不由美のホラーの原点! 洋館で頻発する怪奇現象に個性的な仲間と共に挑む『ゴーストハント2 人形の檻』

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ゴーストハント2 人形の檻

『ゴーストハント2 人形の檻』

著者
小野 不由美 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041082010
発売日
2020/06/12
価格
836円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

小野不由美のホラーの原点! 洋館で頻発する怪奇現象に個性的な仲間と共に挑む『ゴーストハント2 人形の檻』

[レビュアー] 朝宮運河(書評家)

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
(解説:朝宮 運河 / 書評家・ライター)

 都内の高校に通う主人公・谷山麻衣が、心霊現象の調査事務所である渋谷サイキックリサーチの所長・渋谷一也(ナル)らと怪事件を解決してゆく――。

「ゴーストハント」は二〇一〇年から一一年にかけて、小野不由美が連続刊行した長編ホラーシリーズである。ホラー小説にはオカルトに精通した探偵役が、超常現象と対決する「心霊探偵もの」と呼ばれるサブジャンルがあるが、「ゴーストハント」もその流れを汲んでいる。『屍鬼』『残穢』などホラーの里程標的傑作を執筆してきた著者が、全七巻にわたって心霊探偵ものに挑んだ野心作、それが「ゴーストハント」だ。

 第一巻『ゴーストハント1 旧校舎怪談』から最終巻『ゴーストハント7 扉を開けて』まで、各巻は読み切りホラー長編としても高い完成度を誇るが、ひとつながりになることで予想外の景色を浮かび上がらせる。さりげなく張り巡らされていた伏線が、最終巻で一挙に回収されてゆく展開は、ミステリとしても一級品だ。情け容赦のない怖さと、水も漏らさない構成の緻密さの共存。書評家という仕事柄、国内外のホラーにはよく目を通しているが、ここまでハイレベルな長編ホラーシリーズはちょっと思い当たらない。

 念のためにおさらいしておくと「ゴーストハント」は、小野不由美初期の代表作である「悪霊」シリーズ(一九八九~九二)に大幅なリライトを施したものだ。少女小説の文庫レーベル〈講談社X文庫ティーンズハート〉より刊行されていた「悪霊」シリーズは、同レーベルでは珍しい本格ホラーとして人気を集めた。作家の辻村深月もリアルタイムで接し、大きな影響を受けたという。

 シリーズ完結後は長らく入手困難な時期が続いていたが、コミック化、アニメ化の影響もあり、「悪霊」シリーズを愛する人の輪は着実に広がっていった。そして約二十年の沈黙を破り、メディアファクトリーより「ゴーストハント」が刊行される。半ば幻の作品と化していた「悪霊」シリーズが、ブックデザイナー・祖父江慎の装丁をまとった美しい単行本として二一世紀によみがえったことは、往年の愛読者はもちろん、新世代の小野不由美ファンにも大きな喜びをもって迎えられた。

 今回初めてこのシリーズを読む方は、麻衣の軽妙快活な一人称の語り口や、小野作品にしては珍しいラブストーリー要素を、ちょっと意外に感じるかもしれない。これは「主人公は少女、語りは一人称」という当時のティーンズハートのルールに従ったものだ。しかし著者はこうした制約をうまく逆手に取り、少女小説である「悪霊」シリーズを徹底的に恐怖と驚きで染め上げていった。そのリライト版である「ゴーストハント」にも、少女小説だからできることを探し、果敢に挑んでいった若き小野不由美の才気がたしかに刻印されている。

小野不由美のホラーの原点! 洋館で頻発する怪奇現象に個性的な仲間と共に挑む...
小野不由美のホラーの原点! 洋館で頻発する怪奇現象に個性的な仲間と共に挑む…

 シリーズ第二の事件が描かれる本書『人形の檻』では、渋谷サイキックリサーチのオフィスに森下典子という女性が相談に訪れる。彼女が兄一家と暮らしている古い館では、奇妙な音が聞こえたり、物が勝手に移動したりという怪事が頻発しているというのだ。

 依頼を受けたナルは、寡黙な助手のリン、アルバイトの麻衣とともに森下邸に向かった。もちろんカメラなど大量の機材も一緒だ。プロローグで麻衣が語っているように、ナルの仕事は心霊治療や占いではなく、「不可解な現象を科学的に調査する」ことなのだ。

『人形の檻』の特色としては、まず「幽霊屋敷」を扱っていることがあげられよう。霊に取り憑かれた洋館はこれまで多くの作家たちが手がけてきたホラー小説の花形ともいえる題材である。ヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転』、シャーリイ・ジャクスン『丘の屋敷』、リチャード・マシスン『地獄の家』と傑作がいくつも思い浮かぶが、生活スタイルの違いからか、日本では洋館を舞台にした長編ホラーはそれほど多く書かれていないようだ。『人形の檻』はその空白地帯に、ストレートの球を投げ込んだ小野不由美流の幽霊屋敷小説なのである。

 戦前に建築された水辺の洋館、不協和音を響かせる家族、敷地を覗きこむ老人、怪しげなフランス人形……といくつもの要素を重ね合わせることで、まがまがしい閉鎖空間を作りあげてゆく。ゴシック風の怪奇小説が好きな私などは、これだけで嬉しくなってしまう。間取り図が掲載されているわけではないのに、屋敷の構造がすっと頭に流れこんでくる描写力にも驚嘆だ。

 前回の事件で知り合った僧侶の滝川法生(ぼーさん)、巫女の松崎綾子と偶然再会した麻衣たちは、協力して調査を進めるが、それを拒否するかのように、屋敷では異常な出来事が相次ぐ。家具が移動し、身近な物がなくなり、コンロが炎を噴き上げる。個人的にぞっとしたのは、部屋中の家具が一瞬のうちにありえない状態に変わっていた、という現象だ。あからさまに幽霊が出てくるわけではないのに、この世ならざるものの感触がひしひしと伝わってくる。

 常識的に考えるなら、この世に幽霊などいないだろう。しかし優れたホラー小説は、読んでいる間だけ「いるかもしれない」と思わせてくれる。『人形の檻』はまさにそうした小説だ。邸内に設置した計器が反応するとき、普段は自信たっぷりのぼーさんや綾子が慌てるとき、読者の心で黄信号が点滅しはじめる。そこで描かれるすさまじい恐怖シーン。ありえないものをありうると感じさせる著者の卓越したテクニックは、死者の復活を描いた『屍鬼』などに顕著だが、それはこの『人形の檻』ですでに確立している。

 除霊をくり返し、聞き込みを進めても、森下邸を苦しめているものの正体はなかなか見えない。ポルターガイスト、ミニー、典子の姪・礼美が口にする「おともだち」、礼美の体についた傷。繋がりそうで繋がらないパーツを前に、麻衣たちは頭を抱える。この逃げ水のような捉えどころのない事件を、どう収束させるかが本書のポイントである。

 なかなか全体像が見渡せない事件は、ナルの(かの『残穢』にも匹敵するような)執拗かつ入念な調査によって、ついに素顔を明らかにする。事件の深奥に潜んでいるのは、おそろしく邪悪で、同時に物悲しい存在だ。「ゴーストハント」ではしばしば孤独や絶望が引き起こす怪異を扱っているが、本書の事件もそうである。深い孤独の影を宿したホラーとしても、『人形の檻』は忘れがたい作品なのだ。

 そしてそれに向き合うナルたちの視点が、静かな優しさと共感に満ちている。容赦なく怖ろしい出来事が描かれる一方で、すでにこの世にない者、声を上げられない者への思いも描かれる。その絶妙なバランスがあるから、私たちはこのシリーズを最後まで安心して読み通すことができるのだ。

 なお、この死者を思いやるという隠れたテーマは、城下町の古家に潜むものたちを「営繕」によって鎮めてゆく、著者の近作「営繕かるかや怪異譚」シリーズにも受け継がれている。今回久しぶりに『人形の檻』を読み返し、これは小野ホラーの原点とも呼べる作品でもあったのだな、と気がついた。

 二〇一二年、著者は『鬼談百景』『残穢』を同時刊行し、読書界の話題をさらった。互いにリンクする部分をもつこの二冊の怪談小説が、実は「ゴーストハント」とも密接な関係を持っていることをご存知だろうか。

 百物語の形式で短い怪談小説を収めた『鬼談百景』は、「悪霊」シリーズ執筆当時、全国の読者から寄せられた多数の実体験談をもとにしているのだ。当時、編集部にファンレターを送った熱心なファンがいなければ、『鬼談百景』もその姉妹編である『残穢』も、決して生まれることはなかっただろう。作家と読者の深いつながりを感じさせるこのエピソードが、私はとても好きだ。

 約三十年前に生まれた麻衣やナルの物語は、こうして今も生き続けている。今回の文庫化を機に、読者の輪がさらに大きくなることを、本シリーズの長年のファンとして願っている。

KADOKAWA カドブン
2020年8月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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