幕末から明治への時代 北町奉行所の親子同心が事件の謎に挑む

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幕末から明治への時代 北町奉行所の親子同心が事件の謎に挑む

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

 待望の戸田義長『雪旅籠』が刊行された。この一巻は、第27回鮎川哲也賞の最終候補作を改稿した『恋牡丹』(創元推理文庫)の姉妹篇だ。といっても『恋牡丹』を読んでいなくても一向差し支えはない。二冊とも、幕末から明治へと変わる時代の中、北町奉行所の父子同心、戸田惣左衛門・清之介が事件の謎を解く連作集である。

 作者の“後書き”によると、『恋牡丹』に収録された四つの短篇は、時間の流れが早過ぎるといった読者の意見が多く、今回、新たな八篇を埋め込んでいくと、前述の時代相が、ゆっくりと流れていくことになる。

 では、その内容はといえば――。

 年齢に違わず、老練な筆致は、いかにも捕物帳にふさわしく、謎解きも申し分ない。

 哀切極まりない巻頭の「埋(うず)み火」をはじめとして、ミステリ・ファンが思わずニヤニヤするのは桜田門外の変を題材とした「逃げ水」であろう。大老を殺した『第二の銃声』(茶目ッ気がありますなあ)の謎を解き、かつ、駕籠脇を固めていた藩士の冤罪を晴らす物語である。

 ミステリ・ファンが思わずニヤニヤすると書いたのは、この一篇を読むと、勘のいい読者なら、エドワード・D・ホックのある短篇を思い浮かべただろうと思ったからだ。

“後書き”には、作者の海外ミステリへの偏愛ぶりが書かれており、まさか「恋牡丹」がアレだったとはねえ。

 そして雪の降る中、足跡のない密室の謎を解く「雪旅籠」は傑作。『恋牡丹』『雪旅籠』は、ミステリ・ファンと捕物帳ファンに贈る格好のプレゼントであるといえよう。

 プレゼントといえば、倉本由布『寄り添い花火』(ハヤカワ時代ミステリ文庫)もお勧めの逸品だ。

 札差(ふださし)の娘にして岡っ引きの薫と、同心の娘にして薫の下っ引き芽衣がコンビを組んで活躍する一巻。青春捕物帳か?と思われる方もいるかもしれないが、謎の提出の仕方などは『半七』(岡本綺堂)めく。是非御一読あれ。

新潮社 週刊新潮
2020年8月6日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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